2025年3月25日火曜日

怪老人日乗:3月25日(火)

火曜日である。バイオの黙示録である。朝早くから遅れている原稿書き。昼くらいには終わるかな、とじりじり書き進んで、午後3時にやっと終わる。はっと気づくと家の中は無人。文鳥もいない。そうだ、家族が関西に帰省したのだった。というわけでよたよたとお昼を食べに出てきましたよ。

これからもう1本原稿を書いて、深夜は書き下ろし作業だい!と相原勇のように叫ぶのだが、返事なく、南無阿弥陀仏の声のみ聞こゆ。

さてこのところ映画がまったく見られていない。昔は一日一本とか、二日に一本とか、配信で見ていたのだが(その前はレンタルDVDで)このところ起きてから寝るまで基本仕事しているので、どうにも本数が減ってしまった。京極夏彦さんのように書きながら見られたら一番いいんだけど。しかし娯楽を摂取していない気がしないのは、ホラー小説を日々読みまくっているからだろう。

昨日はですね、いいお天気でしたね。桜が咲いておりますよ。見てないけど。昨日は飯田橋に出て仕事夜まで。電車混むかなあ、いやだなあと思いましたが、20時を過ぎるとそんなに混まないみたい。一番混むのは5~7時代で、あの時間に電車を乗るのはhell of hellでございますね。

皆さんコーヒーは一日何杯くらい飲むだろうか。私は大きなマグカップで3杯から4杯、多い日は5杯である。カフェインは体に影響があるとか、依存性があるとか、いろいろいわれているが、空気のようにコーヒーを摂取しているのでそんなことはまったく感じない。これが依存だといわれたらそれまでだけど、眠れないこともないし(むしろ快眠)今のところやめる気はない。悩ましいのはコーヒーが高いことですが、成城石井の「2」って書いてある豆は濃くておいしくてそれなりに買いやすい値段なのでおすすめです。なんで2って書いてあるかって?2次元空間で採れたんでしょう。恐ろしいことですよ……。

ごろっとソファに横たわって落合信彦でも読みたいような日和ですよ。小学生の頃のように。





2025年3月24日月曜日

怪老人日乗:3月24日(月)

あううー、色々間に合っていないー。大の大人があまり焦ってみえるのはよろしくないが、内心は焦っております。むうん。昨日はほとんど家から出ず、あ、図書館には行ったか。それ以外はまあ仕事ですね。子どもも暇そうにしてるし、なんか申し訳ないのだが。まあ本が書き上がるまでには仕方ない。

しかも今年は大きなプロジェクトが最低でも3つ、話だけ出ているものが2つある。そうこうしてたら秋になるなあ、という感じでおります。忙中閑ありで出かけないとただ年をとるだけですね。まあ私は家から一歩も出なくても案外平気なので、そういう意味ではライターという仕事が向いていたなとは思う。しかし子どもが何もしないでゴロゴロして、エアガンのカタログなど眺めているのを見ると、「もうちょっと友達と会うとかしろ!」と思ってしまうので勝手なものだ。そういえば子どもの頃、「外に遊びにいきなさい」と言われるのがいやだったなー。自転車で町内をアリバイ的に一周して、「ただいまー」と帰ってきて部屋で本を読んでいたのだった。

昨日もほぼ終日書き下ろしの作業。午後3時から気持ちを切り替えて別の原稿にかかったが、やはり並行して両方やってしまう。並行作業はあまり効率がよくないのですけどね。でなぜ日記を最近よくつけているのかといえば、頭の整理の意味もあるのだった。一服するような気持ちで日記をつけ、今日やることのスケジュールを整理しているのである。ちょっと前にグーグルカレンダーを活用してうまく進んでいたが、最近忘れていたからまた使うようにしよう。グーグルカレンダーのいいところは無理なスケジュールを立てないところだ。手書きでスケジュールを立てると欲張って「こりゃどう見ても一日じゃ無理でしょ」という予定を詰め込んでしまう。結果あふれて翌日以降ずれていく。

今日は飯田橋方面で仕事もあり。出かけないといけない。今週は家族がちょっと関西に帰省するので、わたしはひとり暮らしである。正念場なのでずっと家にいることになるのだろう。



2025年3月23日日曜日

怪老人日乗:3月23日(日)

3月23日といえばあの日じゃないか!「323の日」。すげー、一年で一回らしいよ、323の日は。怖いねえ、戦慄するね。323の意味はあれだ、323だ。

さて毎度書いているが、このブログを予備知識なしで読んだ人はどんな気持ちになるのだろう。「朝宮運河というのはホラー方面で活動しているライターらしい、あ、ブログがあった、見てみよう」と思った方はどんな思いになるのだろう。そういうことを考えないといけないと思うのだが、思うだけであまり考えないのが私のよくないところであるが、ブログくらい意味が分からないことを書いてもいいんじゃないでしょうか。でもXでも意味の分からないことを書いているし、ビジネス的にはいいことは何もないね。まあいいか。自分が楽なのがよい。

というわけで変わらず役に立たないことを書きます。最近はこのブログ、日記ですらなくなってきて恐ろしい。さすが323の日だ。怖いことが起こるぜ……。ええとですね、昨日は終日仕事、いい天気だったがバイクで外出もせず。あ、お昼はピザを作って食べましたね。好きな具を載せてオーブンで焼いて食べた。おいしかったです。「作った」と書くとさもわたしが料理上手のいかしたメンのようであるが、そんなことは一切ないです。むしろぐじゃらぐじゃらと、素浪人のように生きています。

あとは何だ、何をしていたか。Spotifyで筋肉少女帯をずっと聴いて仕事をしていましたね。Spotifyはお金を払っていないプランですが、それがいいのだ。時々コマーシャルが入ったり、曲順を自分でいじれなかったりするのがいい。ラジオのようで、聴き流すにはちょうどいいのである。脳のリソース(という言葉は今風で好きではないが)がBGM選びに割かれないので仕事向きなのである。

でひたすら本読み&メモ取りで書き下ろしの作業を進める。やっと目次が確定してきた。ホラー100冊企画、刊行時期の順に並べているのだが、そのせいでこれだと思った作品がうまくはまらなかったりして結構大変。順不同で選ぶなら楽なのだが、やはりそこはきちんと法則性を持たせたいところ。でせっかく書いた原稿をほかとの兼ね合いで削ったりして、結構もったいないのであった。どひょーん。

宇宙からカメが落ちてきたことがあるという。それを打ち返す人もいたという。その名は大谷翔兵衛。房州を旅する素浪人であった。







2025年3月22日土曜日

怪老人日乗:3月22日(土)

土曜日である。ふと思い出したが子どもの頃「ドクシー!」という決めぜりふみたいなものをよく口にしていた。意味はまったくない。昔から意味のないことを言うのが好きだったんだな。昔から今まで変わらずテキトーだともいえる。適当とはよろしくないことのように思われるかもしれないが、そんなことはないのです。素晴らしすぎて、頭からカエルが飛び出します。

というわけで今日も仕事をしている。床屋に行った子どもと外でアイスを食べた。床屋に行ってアイスを食べるのはうちの恒例行事なのである。こういうことを大人になってふと思い出してくれるかもしれない。仕事で部屋にこもっているから、このくらいのことはしたいと思う。

さて京極夏彦さんの取材をしたNHKのテキスト『心おどるあの人の本棚』(NHK出版)についてSNSに書いたら、大きな反響があった。皆さん京極さんの書棚には関心があるのだなあ。これってすごいことで、普通そこらの人の本棚をわざわざ見たりはしないですよね。そこらへんのさ、頭からパーッと花が咲いたり、口からカエルがはみ出しているような親父がいて、その人が腰をくねらせながら歩いていて「あ、あなたの本棚を見せてください!ぜひ!!」とはならない。京極さんだからみんな並んでいる本や、書棚の作りに関心があるので、これはすごい影響力であるなと思う。京極さんの存在自体が、出版業界にどれだけいい影響を与えているか。考えるだにありがたいことだ。

さて、宇宙人である。宇宙人には6種類あるという本を読んだことがある。いや、そんな本は読んだことがない。わたしは宇宙人は好きではない。あいつらは無礼だ。ごはんを食べるとき、手を頭のうえにこすりつけるのだ。そして鼻からガムを出すのである。それをテーブルに並べて賭け事を始めるのだ。ひどいやつらもあったものだ。それに比べるとエイリアンは礼儀正しいのである。エイリアンと宇宙人は同じ人なのかもしれないが……そんなことわたしに分かるわけがないのだった。完。

あ、京極さんの本棚取材はとても思い出深いもので、あれ以来わたしは本棚だけは整理するようになった。人生は錯乱を極めているが、せめて本棚くらいは整えておきたい。



2025年3月21日金曜日

怪老人日乗:3月21日(金)

ザ!金曜日!というわけでもう週末が近づいてきたじゃないか。こないだ週が明けたと思ったのに……。という風に感じるのは大人だからで、小学生の頃は一週間が長かったなあ。それはもう長くて、4年くらいあったんじゃないでしょうか。ってことは2週間は8年くらいあったってことでしょうか。昔は怖いなあ……。

というわけで時間は瞬く間に過ぎ去るので、ところで「瞬く」って言葉はなんというかポエム的というか、SF的ですね。これが「目玉をバッチンバッチン開閉する」と言い換えるとホラーっぽくなりますね。そんなホラーはないか。

さて日記を綴る。海底人も地底人も綴るという日記をわたしも綴ってみるのである。ドキドキするなあ。人生最初の経験だ。というわけで昨日ですが、ええと何をしていたかといえばですね、驚くなかれ一歩も家から出なかったね。祝日なのに。いい天気だったのに。家族は出かけたりしていたようだが、私は家の前の郵便受けにも行かず。ずっと部屋で仕事をしていた。

朝からずっと原稿やって昼過ぎに一本送信。風邪気味なので少しだけ寝てそこからもう一本の原稿をやる。合間に本読み。書き下ろしになかなか時間をじっくり取れないのが悩ましい。夜叉のように集中せねば間に合わないのだが。夕飯は豚肉の生姜焼きでありました。

11月にワゴンに当てられた交通事故の示談がやっと成立、っていうかこちらが電話するまで示談書を送ってこない先方の保険会社がひどい。さては忘れてただろ。慰謝料6万円というのが安いのか高いのか。体の怪我自体は軽かったけど、バイクは全損して廃車になるし、通院で時間は取られるしで色々と大変だったのだ。避けられるものではないが、巻き込まれてもいいことは一切ないね。

さて今日も仕事をするでよ。遅れている原稿を書き上げないと……そして書き下ろしをやって、合間にインタビュー記事を書かないと……。らららー。




2025年3月20日木曜日

怪老人日乗:3月20日(木)

木曜日である。右も左もモックモクだよお……ということは先週も書いた。あいかわらずモックモクの木曜日であるが、霧の向こうに古城が見える。湖上の古城(フランスの駄洒落)。

というわけで今日も元気に頑張りたいが、実は昨日からちょっと風邪気味であった。そんなわけで葛根湯を飲んで昨晩は早めに休む。いや寝るのは毎日割と早いのだ。10時から11時には寝ている。で3時から4時に起きるという生活だ。しかし今朝は風邪薬のせいで起きられず、普通に7時に起きてしまって、いろいろ間に合わないのではないか、ブログなんて書いている暇はないのでは……と思うのだが、そこは函館のジャック・ザ・リッパーと呼ばれた私のことである、立派にやりおおせることができるのではないか(イギリスの駄洒落)。

宇宙からカメが落ちてきたことがあるという。それを打ち返す人もいたという。恐ろしいことじゃ。

昨日あった出来事を書いておくと、なぜって書いておかないとほんとに忘れてしまうからで、以前は詳細な日記をつけているような人間だったが、最近は時間も根気もなくて、ほとんど日記をつけてない。そもそも日記って読み返さないのである。ブログの方が読み返すし、ゲラゲラ地底人が大爆笑するし、一石二鳥ではありませんか。違うだろうか。そんなわけでここに日記代わりの記録をつけておくと、昨日は朝の3時に起きて仕事関係の本読み。昼までずっと読み続けいい加減眠くなってきたあたりで外出準備。誰もいなかったのでラーメンをゆでで食べまして、側転もしまして、壁も這いのぼりまして、洋服をスーツっぽいものに着替えて外出。朝は珍しく雪、おそらく今シーズン最大の積雪だったが、あっというまに消えてしまい、おまえはいったいなんなんだ、と言いたい。

そんなわけでスニーカーで外出。護国寺にて取材。大きな規模の取材でスタッフさん・関係者が15人くらいいる。順に名刺交換していたら、持って行った名刺がすべてなくなった。大勢の前で聞き手を務めるのは、以前だったらひえええ、緊張するよおお、という感じだったのだが、人間は生きていると緊張感が鈍磨してくるものなのか、なんとか大役務めることができたかと思います。皆さん、お疲れ様でした。

さすがにくたびれてコーヒーでも飲んで帰るかと思ったが、夜になってもぴゅうぴゅう北風が吹いて寒いし、家でコーヒー飲んでも一緒だわなと思い直して帰宅する。佐々木牢記、と書いたら山田風太郎のキャラみたいだが、佐々木牢記のピッチングを眺めながら着替えをしてお風呂に入ってホラーを読んで、ご飯を食べて。そしてあまり仕事もせずに寝たところで今日を迎えた。木曜日で祝日であり、天気もよく外出日和であるが、急ぎの締め切り最低でも2つやらねばならず外出できず。いつもながらぎりぎりである。

個人的には祝日や土日が好きなのだが(取材や打ち合わせや急ぎのメールが入らないから)しかしその分、家族であまり出かけられないなあ、とも思うのでありました。まあ自営業の家族はそんなものか。




2025年3月18日火曜日

怪老人日乗:3月18日(火)銀河爆発篇

というわけで3月18日を迎えたのである。今日は何があるのかというと……別に普通の日ですが、大谷翔兵衛が野球の試合をする日である。わたしは大谷選手のことをずっと「大谷翔兵衛(しょうべえ)」と七人の侍風に呼んでいるのだが、いまいち定着しないのであった。根拠がまったくないあだ名だから当然といえば当然である。

それからだいぶん遅れている締め切りもある。あと新規の打ち合わせもある。明日は午後まるまるかかる大きな取材がある。時評の締め切りは明後日だから、その本読みとテーマ決めもある。もちろん書き下ろしの作業もあるし、ワニの背中にかじりつくという大任もあるのだ。おういえい。

今さらのようだが、この怪老人日乗はマジで面白い。いとをかし的な素朴さもあり、ざんぎり頭をたたき割るようなドラマチックさもある。たとえるならコンサイス英和辞書のような面白さだ。どういうことかというと……わたしにもまったく分かりませんね。

どんどんこのブログがおかしなことになってきているので、たまにはまともなことを書こう。そう、先日は打ち上げがありましたね。汐文社で出した『キミが開く恐怖の扉 ホラー傑作コレクション』全4巻の完結お祝いで、イラストレーターの谷川千佳さん、編集の北浦さんとご飯を食べたのだった。

谷川さんとはこれが初対面。素晴らしくホラーで幻想的な装画のお礼をお伝えした。また谷川さんはご富山の出身だということで、「藤子A」「まんが道」「高岡大仏」「わいの恋人はまんがや」という話をしつこくしてしまった。反省している。

汐文社の北浦さんはこれまでにも文豪怪談やミステリなどのアンソロジーを作っておられて、十代に向けて小説の面白さを伝えようと尽力されている編集さんである。現代ホラーのアンソロジーを一緒に作ることができて、とても光栄でありました。



あと近況としては土日に原稿をひとつ送り(インタビュー原稿)確定申告を片付けた。確定申告、いちおう電子帳簿をつけて青色申告しているが、根本的なところで簿記の理屈が分かっていないので「これでいいのか?」という足下がぐらぐらする感じが常にあり、不安である。確定申告は毎年数時間で終わるような気がして、着手してみると一日仕事になるのであった。こういうのを古人は「ざんぎり頭を叩いて見れば南無阿弥陀仏の声のみ聞こゆ」と言い習わしたものである。偉い人もいたものじゃ。




2025年3月15日土曜日

怪老人日乗:3月15日(土)

土曜日だ。ドドーンと地割れがして、中からカメラを持ったカメが出てくる。そんな土曜日になるだろう(枕草子)。というわけで昨日はほぼ家から出ず、ずっと仕事。今日もバイクでどこか走りたいけど、そんな時間は一切ないのだった。

山吹静吽『迷い家』久しぶりに読む。太平洋戦争末期、東京から田舎に疎開した少年が、脱走した妹を探すうち深山幽谷の中でそこに存在するはずのない広大な平野と、巨大なお屋敷を発見する……というホラー長編。あらためて読むと前半の東京大空襲との惨禍と疎開生活のつらさを描いたシーンが印象に残り、それが後の屋敷探索の物語の動機にもつながってくるのである。やはり力強いモダンホラー長編だ。超おすすめ。

あとですね、わたしは日本語入力時atokというのを使っている。普通皆さんはウィンドウズのパソコンだとIMEというのを使って日本語入力しているはずだが、私はあの変換があまり好きではないので、一太郎を購入してatokというやつで変換しているわけである。これは賢くて、一度使った文字は自動学習して、使い込んでいるうちに変換などストレスなく出るようになって、私は20年くらい一太郎を使っているので、まるで老舗のうなぎ屋のタレのようになっていたのだが、昨日めんどくなって初期化した。

というのも最近のatokはなんでもかんでも学習しまくって、ちょっとした誤記まで単語登録され次の変換で上位候補に出てくるようになり、誤表記の原因となっていたのである。そんな言葉はないよ、というものまで変換候補で出てくるようになり、どっちが正しい表記か判断がつかないときがあって、困っていたのだ。それで変な候補は削除するようにしているのだが、昨日はとっさに「買う」という単語を削除してしまったら、二度と「買う」が変換されない世界になってしまった。あわてて「買う」をワ行五段活用の動詞として登録しなおしたが、うまく出てこない。

こりゃアカン、龍馬はん、アカンぜよ、と勤王の志士のように思ってですね、全部削除したわけです。これでまっさらの状態になった。またわけのわからない言葉を、少しずつ覚えておくれやす。

そうだ、昨日はホワイトデーだったのだ。子どもとフルーツ白玉をつくってみんなで食べました。





2025年3月14日金曜日

怪老人日乗:3月14日(金)

金曜日である。ふと思い立って、というわけでもないのだが、そろそろ3月も終わりそうになってきたので、いろいろな予定を調整する。だいぶんまずいことが分かり、青ざめているのだが、焦っても仕方ないじゃん、とあんみつ姫のように思ったのだった。あんみつ姫がそんなことを言うかは、誰もしらない。

宇宙からカメが落ちてきたことがあるという。それを打ち返す人もいたという。恐ろしいことである。

さて今日は飯田橋で編集作業をせねばならん日であったのであるが、金曜日までということは実質月曜早朝までと同義なので(よくない考え方)土日の間に作業を片づけることにしよう。その合間に文庫解説を書き、確定申告を進め、ふたつのインタビュー記事を書いて、髪の毛を切りにいって、侍と戦い、そのうえで書き下ろしの作業もするのだから、アッと驚くカメ太郎である。南無阿弥陀仏の声がする。

ところでこの日記、読んでいる人はどんな気がするのだろう。客観的にはなれないから、私には分からないのだが、ハッキリ言って私ももう五十路がコースの先に見えているのである。そんな人間が、こんなわけの分からないことを書いていてもいいのだろうか。悪魔の赤ちゃんもビックリである。顔が赤くなって、たこ入道と呼ばれるであろう。

今日はヤフーオークションにて2冊入札。一昨日も18冊セットというのを落札してしまい、どしましょうと思っている。18冊も買ったのは他でもない、その中に1冊だけほしい本があったからで、さてあとの17冊はどうしましょう。宇宙にでも埋めるしかない。宇宙地蔵の土台にするしかないと思う。うふふふふ……。






2025年3月13日木曜日

怪老人日乗:3月13日(木)

木曜日である。右も左もモックモクだよお……。というわけで今日の怪老人日乗のお品書きである。
・陰惨な怪談コーナー
・和尚の人生相談コーナー
・お花畑でダンス
・南無阿弥陀仏の舞い
・宇宙人戦士
・怪談コーナー
・穴掘り体験
・近況
このような内容で展開していくつもりであるが、面倒くさいから全部すっとばして最後の近況だけやります。ほほほ。ところで以前はこのブログ、検索しても全然上位に出てこなくて、こりゃいいわ、誰にも見られず和尚の花舞台じゃ、と思っていたのですが、最近はGoogleでエゴサすると結構目立つところに出てきて、やべえと思っております。

というのも私はまあいつもはXなどで適当なことを書いていてつい油断しがちなのですが、割とちゃんとした大人の方と初対面で仕事をすることもありますし、まったく未知の方から連絡をいただくこともあるわけです。そういう方が判断材料というか、パーソナリティを知りうる場というのはXの投稿かこのブログなわけですよね。あとメールアドレスもここでしか公開してないし。

で、Xを開いてみると毎日ワニの絵が載ってて意味不明、じゃあと思ってブログを読めば仕事の報告とかまったくナシで歪んだようなことばかり書いてある、この人は大丈夫だろか……と思うと思うんですよ。思うと思うってひどい文章ですが、悪文はむしろ格好いいのではないかとふと思ったので(また「思った」と書いてしまった)そのまま行きます。で、この人は大丈夫かなと不安になるんじゃないかと思いますが、それを覆す材料はないのですね。

書評とかインタビュー記事なんかはネットにもあがっていますし、そういうのを読んでもらえると、まあ多分大丈夫かな、NHK-BSと「ひるおび」とかにも出ているようだし、仕事依頼してもグジャグジャの狂った太陽な感じにはならないかな、と理解していただけると思うのですが、Xとブログだけ覗いてささーっと撤退した方も19人くらいはいると思うんですよ。私ならそうしますもの。絶対に。真面目でもなくさりとて今風のネット系オモシロでもなく、ユーモアなんだか真剣なんだか(真剣です)意図不明な感じが横溢しており、幼稚なんだか年寄りめいているのかも不明で、読んでいるとゾクゾクーッと淳二の怪談を聴いた人のようになると思うんですよね。




で何を言いたいのかさっぱり忘れましたが、まあそんなわけでですね、このブログをたまたま検索して読んだ方は、何も役に立つことは書いていないですが、そういうブログがあってもいいじゃない、役に立つことばかり書いてあるnoteじゃつまらないじゃない。そう、noteだよ。ライターとかフリーの編集とか、ちゃんとしてる人はnoteに何かやるんだよ。でスマートな感じを出すんだよ。あたしゃそういうの許さないよ。いや、他の方がやるのはいいのですが、自分はそういうタイプでもないですし、そもそもちゃんとしてないので、ブログがいいんじゃないでしょうか。

で近況である。仕事が相変わらず忙しい。しかし一昨日打ち合わせをした編集さんが「4日で120ページ書かないと」とさらっと言っていて、編プロ出身の方は馬力があるなあ、と思いましたです。これはおそらく間違いないことで、編プロの方は納期を死んでも守る、何がなんでも成果物を提出する、というのが骨髄の奥の奥まで染みついているんですね。私はまだ甘い。がんばらねば……。

とはいえ普段の仕事もやりつつ書き下ろしをやるのは、だいぶん困難が伴い、やはり日本人は全員毎月30万円くらい支給されるべきではないかと思う。だったら芸術文化活動がばりばり捗り、皆さん幸せになるのではないでしょうか。

最近はYouTubeも上げてないなあ。動画はなんだかんだいって手間がかかり、それに費やす時間がないや。しかし動画にも力を入れたいと思っているのは、今年本をいろいろ出すからでその宣伝ですね。YouTubeを始めたそもそものきっかけはこれなのである。私は考えていないようで考えているのだ。そして考えているようで考えていないのだ。脳がNOなのである。