2026年10月29日木曜日

怪老人日乗:10月28日(木)

風邪からほぼ復活。昨日はあたたかい布団を出してもらって、それにくるまって寝ていた。今日はすっかり冬空であり、なんなら雪だるまが往来を転がっていてもおかしくないような天気なのだ。まだ10月なのだがなあ。

というわけで解説書きの続き。やっと目鼻がついて文章が動き出す。この目鼻がつくまでが大変で、そこまでくちゃくちゃの福笑いのような作業がしばらく続くのだが、この期間がしんどい。いつまで続くのか分からないからだ。体力も戻ったし今日でなんとかなりそう。しかしインフルでなくてよかった。土日にトークイベントが続くから、倒れるならその先にしたいところであるし、何なら倒れたくない。

久々に東雅夫さんのブログをチェックしたついでに、大昔の「東雅夫HORROR WEB」の日記を2か月分ほど読み返す(消えたと思っていたがWikipediaから飛ぶことができた)。2000年の12月と11月である。この後東さんのブログはBK-1内に移動して、そこからまた別のブログサービスに移り、ツイッター時代を経て、現在のブログになっているという流れだと思うのだが、私が一番熱心に読んでいたのはこの「HORROR WEB」時代かもしれない。当時は世紀末のホラーブームであり、読んでいるといろいろ懐かしい(中島晶也氏と笹川吉晴氏が『屍鬼』の評価をめぐって論戦していたりする)。今65歳くらいの方々が当時は40歳前後だったので、そりゃ若いし元気あるよなあ。しかし当時の東さんはめちゃめちゃお忙しそうである。今の私の3倍は働いている。

2026年10月28日水曜日

怪老人日乗:10月28日(水)

まだ風邪気味で日中は葛根湯を飲んで寝ていた。しかし高い熱があるわけでもないので、朝夕の寒さで風邪を引いただけだろう。おかげで原稿が遅れており今(21時)に仕事をせっせと進めているわけですが、この間Xに出てきていないのは、集中モードで携帯の電源を落としているからだ。あとはPCは「サイトブロック」というブラウザの追加機能を使って、一日でXが見られる時間を制限している。ついつい見ちゃうから30分まで。告知などがたまっていくけど、まあ仕方あんめえ。

甘いものがいっぱい食べたいけれども、いい大人がそういうことをすると病気になる。かなしいことだ。「オナカの大きな王子さま」というNHKみんなの歌があって、作詞作曲は小椋佳。幼稚園の頃に聞いたこの歌がとても好きであった。美味しいものが目の前にいっぱい並んでいるのに、食べられないという切なさを歌ったもので、こういう気持ちになることってあるよねえと思う。松谷みよ子の童話『子ぎつねコン』でもこぎつねのコンが前日にたくさん食べ過ぎて腹痛となり、あーんあーんと切なく泣いているという話があった。主人公らは気の毒に思って学校につれていき、コッペパンを食べさせてやるのである。松谷みよ子の童話はいいな。




2026年10月27日火曜日

怪老人日乗:10月27日(火)

くわっくわっくわ。火曜日です。今日もお昼たべながら『悪魔くん』1話見る。有名なペロリゴンの回だが、いやーこれはいい。ペロリゴン、見た目はワニに似ているのだが長い舌をべろんべろん伸ばしてよだれを垂らしまくり、しかもそのよだれでトラックでも人でも溶解させてしまうという困ったやつだ。池のほとりのお地蔵さまを壊したら巨大怪獣が出てくるという理屈もよく分からないし、最後は自分の胃液で体が溶けそうになって逃げていく。実に愉快な回でした。牧野修さんがペロリゴンは鳴き声が怖い、と常々主張されているが、実際人間が呻いているようでちょっと不気味だった。




寒かったせいか風邪気味。喉がちょっと痛い。しかし今週は出かける用事がないので、風邪でもどんとこいである。いやーほんとに、ほんとに月刊誌の仕事がなくなったら体が楽だ。わたしは小さい頃、外に出るのが苦手で、おうし座の星占い(ドラえもんの星占い百科的な本)で「おうし座は家で本を読んだり、レコードを聴いたりするのが好き」と書いてあるのを読んで、自分の性格を肯定されてほっとしたくらいなのだが、それは大人になった今でも変わらず、美術館とか映画館とか人とご飯に行くとか、そういう楽しいお出かけはしたいのであるが、それでも一人でいるのが好きは好きなのである。今は家にいくらでもいてもいいから、ずいぶん気が楽になった。

話を戻すと、風邪気味なのでベッドに寝っ転がって本読み続き。さらに解説の原稿を書き進める。やはり1案で書いてみたらもったいぶっていて面白くなかったので、それを破棄し、メモ取りを進めながら腹案を練る。これでいけるかなという方向性を思いついたのは、コーヒーを3杯飲んでからであった。コーヒー豆が高騰しており、最近は代用コーヒーのようなものも出回り始めているが、喫煙習慣をなくした今となっては、コーヒーだけが思索の頼みの綱なのである。

ところでまったく話は変わるのだが、最近『怪物くん』のコミックスを読み返している。子供の頃に持っていたものだから、それこそ4歳とか5歳から読んでいる古い本だ。読み返してみるとあらためて発見があり、というのは私の怪奇趣味のルーツはここだったんだなあ、ということである。当時は普通に「面白いまんが」というイメージで読んでいたのだが、ここにはドラキュラ、狼男、フランケンシュタインというユニバーサル映画の3大モンスターをはじめ、ミイラ、アマゾンの半魚人、アマゾンの干首男、インドの蛇使い、ブードゥー教のゾンビ、アラビアの魔術団など怪奇なネタがいっぱい入っているのだ。「コワイ山の大冒険」という珍しく日本妖怪が総登場する中編エピソードもあって、このあたりに楽しさを覚えたところから、わたしのホラー遍歴は始まっているのだと言えなくもない。

それともうひとつ、帰省時に姉と話していて思い出したことだが、怪談好きの祖母がよく話してくれた怪談にポーの「黒猫」があったというのはあちこちで語っていることだけれども、祖母は他にもペローの「青ひげ」もよく話して聞かせてくれたのだった。もちろん「お菊」「お岩」「耳なし芳一」などの古典怪談もあって、そのへんが怪談の原体験なのは間違いないだろう。祖母は人付き合いの苦手な人で、いつもモジモジして内気であったが、子供にはめっぽう優しくて怪談話になると特に生き生きしはじめるのであった。

2026年10月26日月曜日

怪老人日乗:10月26日(月)

もう月曜日かあ。今週も5日間働きましょう。締め切りがたくさんある。そして土日はトークイベント、2日連続で。どっちも京極夏彦さんと共演。土曜は上大岡の八重洲ブックセンターで京極さんの新刊イベントのお相手、日曜は神保町の古本まつりで『幽』の時代を語るトークイベントに参加。前者はあっという間にチケットが売り切れてしまったが、後者は当日の先着順で入れるので気になる方は早めに並んでみてください。といっても京極ファンが例年どのくらい気合いを入れて早い時間から並ぶのか分からないけれど。

この週末はぼやぼやと家で仕事をしていた。ぼやぼやと、というのはこれといった成果が上がらなかったからで、ゲラを読んだり解説用の関連本を読んだり時評のための新刊を消化したりという、料理でいうと下ごしらえにあたる部分の作業なので、時間はかかるがパキッと進んだ感じがしない。しかしここをすっ飛ばしていきなり原稿を書けるほど頭が良くないのである。多分すごく頭のいい人は昔読んだものでもなんでもきちんと頭の中に折りたたまれて入っているので、あらためて読み返すことなしでもさらりさらりと梅酒のように原稿が書けるのであろうが、わたしは頭があまりよくないので、うーんうーんと呻吟しないと書けないのである。カエルである。

昨日はあまり雨降らず。昼から外出、東村山のお祭りを覗きにいく。ご近所さん一家と現地で待ち合わせていっしょに子供を遊ばせ、大人は特売のソースをたくさん買った。地元のソース工場で開かれているお祭りなのだ。このソース工場、広い敷地の中に戦時中の防空壕がいまだに残されていて、ちょっと降りて覗いてみた。いやあ、狭い、暗い。こんなところで空襲が終わるのを待つのは辛すぎるな。雨がぽつぽつ降ってきたので午後3時頃には散会。

帰宅してまた仕事。お夕飯たべながら日本シリーズ見る。さすがに日本一になろうというチームは立派なもので、いつも見ている西武とか日本ハムに比べると明らかに選手層が厚い。これでもう終わりだろう、という場面で点が入って局面がひっくり返るから、目が離せない。どっちも同じくらい強いのだ。

ご近所さんに借りた『さすらいくん』読む。藤子不二雄Aが週刊誌に連載していた時事ネタ多めのユーモア旅マンガである。だいぶ昭和な笑いであり、そもそも笑えるのかという問題もあるのだが、藤子不二雄Aが好きになると面白いとか面白くないを通り越して、「ありがたいありがたい……」と拝むような気持ちになってくるので、ワンパターン続きのこれも私には全然アリなのだった。超面白かった。

また絵を描きたいという気持ちがあり、近くラインスタンプ第2弾を出したいと思っている。あとは色を塗ったアナログ絵を描きたい。画材屋に行ってみよう。絵はまったく上手くならないから楽しい。何事も上手くなろうと思わなければ楽しいものである。人を苦しめるのは上昇志向であり、よりよくなろうという煩悩である。






2026年10月25日日曜日

怪老人日乗:10月25日(日)

びゅーんと暴走族が走って行った。その先にあるのは心霊トンネルである。暴走族の運命やいかに。彼らは生きて戻ることができるのか……というわけで、割と平和に始まった今日の怪老人日乗である。ええとですね、何か面白い事件はなかったかな。昨日から日本シリーズが始まった。どっちが勝つのか。赤組さんか、白組さんか。どっちもがんばれがんばれ……という声が井戸の中から聞こえてきたのであった。そんなことはどうでもいい。今日NHKのニュースを見ていたら「うつろ舟」の特集をやっていて、ムー編集部の望月さんが出演していた。知り合いがテレビに出ると面白い気持ちである。うふふふふ……である。

台風が接近しており土日は雨、という予報だったが今日はまだ曇りで収まっている。昨日は小雨が一日降っていましたね。神田では古本まつりが開催されており、例年あまり行くことはないんだけど(本は好きだけど、そんなに血道を上げて増やすこともない、という半端なスタンスである)雨だとワゴンの本が濡れるので大変だ。雨に左右される商売はいろいろあるが、露店の古本市ほど水に弱いものもないのではないか。がんばれ赤組、がんばれ白組。と井戸の中から声がする。行く人はいい本が見つかるといいですね。




なので昨日は雨であった。朝からまた歯医者。とんぼ返りで家に帰ってきたが、その間頭の中で解説の文章を考える。これでいいかなという方向性はできたが、実際書いてみると大したことない場合もあり、そうなると迷路に入って大変なのである。最終的にはできあがるのだが、文章が書き上がるまでには踊るような苦労がある。その後新刊読み、ゲラ読み。夜は子供を習い事に送って、ライフ(スーパーです)の中のコーヒー飲むところで座ってゲラを読む。

人気児童書が原作のアニメ『怪奇コレクター』2話まで見た。1話目はあんまり怖くなくて、この調子でいったらどうするんだいと思っていたけど、ご機嫌うかがいだったらしく、2話目からストーリーが動き出して怖さも本格的なものになる。今朝録画していた3話を見たら、背景的なところがいっそう深掘りされていて、これからどうなるのかなあ。行きがかり上最終話まで見届けたいと思っているが。それと今見ているのはU-NEXTで実写版の『悪魔くん』。U-NEXTは『一休さん』全話とか『怪物くん』全話とかが見られるので、見始めたら大変なことになる。

金曜日は取材。午前中に家を出て、久しぶりに飯田橋のKADOKAWA。『怪と幽』河童特集のためのインタビュー。河童ものを書いている某氏に河童の魅力をうかがう。その後ダ・ヴィンチ作業の後始末をして(入館証などを返却)帰宅。途中下車して大泉学園でコンタクトレンズを買う。

木曜日は終日原稿書き。メクリメクルというKADOKAWAのウェブ媒体のために新刊ホラーの紹介記事。楽しく読んだ。夜までやって目星がついたところで、18時からzoomで新刊取材。こちらは小学館の「小説丸」でほぼ毎月やっているもの。純文学系の作家の某氏にインタビュー。いいお話をいろいろうかがう。こんな感じかな。11月は今のところわりかし暇な感じであってホッとしているが、暇なら暇で収入が減るので、フリーランスというのは因果な商売である。自分以外の人が忙しくして、その分の原稿料が振り込まれればいいのだけど……。

今週は村上龍、小林信彦と著名作家の訃報が相次いだ。高校時代、結構村上龍をいろいろ読んだのだ。長編第二作の『海の向こうで戦争が始まる』はあまり話題にのぼらない本だが、幻想的で印象に残っている。




2026年10月22日木曜日

怪老人日乗:10月22日(木)

もっくもくの木曜日だよお、と森の奥から声がする。あれ、もう木曜日なの?今週はなんだか早いなあ。あ、そうか。火曜日は取材に出ていたんだ。そういうことかあ。と森の奥からまた声がする。日記を付けます。

19日の月曜日はですね、昼からまた歯医者。この日はずっと前から予約していた検診&クリーニングなので、最近治療してもらっている歯とは別の話である。せっかくなので国分寺でお昼を食べて、あとはコーヒー屋で原稿をやって帰った。インタビュー原稿を仕上げて夜送る。

20日の火曜日は昼から埼玉方面で取材。お昼はミステリースポットとして知られる秋津の商店街で食べる。最近秋津によく出没するな。取材は夕方まで。終わったらなんだか疲れたような気がして、ドラッグストアで目薬を買う。目が乾くと疲れたような気がするから。取材用のゲラ読み。紙で送ってもらわなかったのでPDFをスマホで読む。まあこれはこれで読みやすいのだけど、手書きで書き込むことができないからちょっと不便。

21日の水曜日は終日家で仕事、というか本読みデイだった。合間にU-NEXTで実写の悪魔くんを見る。最近なにかの拍子でU-NEXTが見られるようになったのである。古い邦画、特に怪談映画や時代劇が多くて重宝する。奥さまが親戚のお見舞いに行って留守だったので、夕飯(また焼きそば)を作って食べる。夜までゲラ読み。うとうととテーブルで寝いってしまう。こういう時北海道の人間は「あずましい、あずましい」と言うのである。

22日はもっくもくの木曜日で、夜からリモート取材。明日までの原稿締め切りもあって、あれこれ細かな作業もあり、ハッと気づくともう午前が終わりそうだ。どうしよう。午前何度も宅配便が届いて、本が何冊が増える。で現在にいたるというわけで、なんという事件の起きない日記だろうか。スキャンダラスな出来事が何かなかったかなあ。ないなあ。あ、安い三脚を買いました。これでおばけを退治する!

2026年10月19日月曜日

怪老人日乗:10月19日(月)

いやあ、なんだろう。月刊誌の仕事がなくなったらめっちゃ体が楽である。この体がすっきりした感じ、中央線から西武線に引っ越した時のことを思い出す。以前は中央線の西国分寺駅から中央線で仕事に出ていたのだが、電車が混んで混んで、特に夕方のくだり電車なんて、乗り込むだけでも大変で、本なんて読めたものじゃなくて、それを何年間も続けていたら、体がすっかり参ってしまったのである。で西武沿線に引っ越したら、こちらの混み方はまだ常識的で、席取り合戦もそこまで殺伐としている感じでもなく、だいぶ体が楽になった覚えがある。最近は週に何度か出かけていた飯田橋の仕事がなくなったから、その分また落ち着いて暮らせるようになった。ってこれ半ば隠居じゃないかと思うのだが、ほんとの隠居にならないように真面目にフリーランス生活を送りたいと思っております。

さて昨日はそんなわけで原稿書き。帰省した時に、友人からもらった南部せんべいを齧りながらやる。南部せんべいというのは東京でも売っているけれど、米でなく小麦粉で作ったせんべいである。落花生が入っていたり、黒ごまが練り込まれていたりするが、わたしが好きなのは例によって落花生の入っているやつで、これを仕事をしながら齧ると、頭がシャキッとクリアになり、脳の中にはねぶた祭りがラッセラーラッセラーと展開し、恐山から真っ赤な血の色が滴ってくるのだった。というのは大げさだけど、ふつうに美味しいのでよく食べるんですね。と書いていて思ったけど、南部せんべいって岩手でも売ってるし、厳密にいうと青森県でも「南部」と「津軽」では文化が異なるはずだけど(青森市や弘前市は津軽)まあいい。ざっくり東北のうまいお菓子=南部せんべいということでご理解いただきたい。この段落無駄に長いな。

先日ふとしたことを検索していたら、大森望氏のブログがヒットして、懐かしい思いで読んだ。あの頃は(1990年代から2000年代)ブログをしている作家・評論家が結構いて、そういうのをちらちら読んでいたのであるが、消えてしまったものも少なくない。大森氏のブログは90年代当時の空気を保存した状態でそのままネット上に残っており、読むとなんだか不思議な感じだ。この怪老人日乗もブログサービスが続くかぎりは続けるつもりですけれども、なにぶん無料で借りているサービスだから将来的にどうなるか分からない。でも続けたいですね。そのためには日常の些事、できれば人名地名を具体的に入れた日記を付けて、現在の記録としたいけれども、この日記の読者の皆さんは先刻ご承知のとおり、意味のわからないことばかり書いているから歴史的価値はなさそうだ。おばれうおばれう。

で日記だ。昨日は仕事をしていて、お昼を食べる。お昼はですね、函館から密輸した焼きそば弁当である。いわゆるカップ焼きそばだが、北海道ではマルちゃんの「焼きそば弁当」が主流で、東京あたりでよく食べられているペヤングは見たことも聞いたこともなかった。まあ味はそう変わらない。お湯を使ってコンソメスープが作れるのが特徴といえば特徴だけど。でお土産に買ってかえったので、それを家族で分け合って食べ、それだけではあまりに不健康症候群なので、ほかのおかずも食べたのである。

午後はいいお天気でバイクに乗って散歩。どこか公園に行きたいなと思って、いろいろ迷ったすえ吉祥寺の井の頭公園に行くことにする。昔は近くに住んでいてよく出かけた。ホラー好きなら津原泰水の作品によく出てくる(「猫背の女」『ペニス』など)ことでご存じだろう。バイクを止めてぶらぶらと歩く。そういえば三鷹の森ジブリ美術館って行ったことがなかったな、と思って近くまで行ってみると、そばでお祭りをやっていた。いろんな出店が出ていて、みんながレジャーシートを敷いて座り、歌手のコンサートなどを見ている。賑やかだなあ。うちの近所にはこんなに若い人がいない。いや、いないことはないか。でもなんか人々の雰囲気が「吉祥寺」という感じで、それは先入観がそうさせるのかもしれないが、皆さん穏やかでピースフルな雰囲気であった。

さらに歩いて、いわゆる井の頭恩賜公園、弁天池のあるあたりまで。このあたりはバラバラ殺人事件があったことで有名だが(またそんな話を書いてしまった)それを思わせる痕跡はなく、みんなにこやかに散歩したり、スワンボートに乗ったり、ソフトクリームを食べていたりする。うらやましくなって私も瓶のコーラを飲む。瓶のコーラを見て思い出すのは、プロゴルファー猿のジェロニモという賭けゴルファーだ。ジェロニモはコーラの瓶を使ってゴルフボールを打ち、見事グリーンにオンさせる。ということを別に思い出したりしないままに公園を歩いた。いい天気である。近所に住んでいた頃はあまり意識しなかったが、植物もいろいろ生えているし、思ったよりもずっと自然豊かだった。そして人間がたくさんいた。

バイクでささーっと帰宅して、夕方からまた仕事。新聞書評のための書籍届く。書評の仕事、各所からいただけてありがたい話であり、かつその多くがホラー・怪談系であるというのも嬉しい話だ。

2026年10月18日日曜日

怪老人日乗:10月18日(日)

天井から硫酸が……というわけで日曜日である。日曜日というのは子供の頃、なんだか楽しかったものだった。ゆっくり起きていいとか、学校に行かなくていいというだけで、十分に楽しかったのである。午後もとても長かった。ああいう時間の流れというのは何なんであろう。やはり天井から硫酸が……と考えざるをえない。

ええとですね、日記を付ける。金曜日はそういうわけで一日だらだらしつつ仕事をしていた。で昨日は土曜日。朝から子供を耳鼻科に連れていく。これはすぐに終わった。帰ってすぐに外出。美容院に前髪をカットしてもらいにいく。先日切ったばかりなのだが、妙に前下がりになっており、なんというか「フフフフフ……」と電柱の陰でほくそ笑むあやしいキャラのようである。そういうのは本意ではないので切ってもらった。若干長髪気味ではありたいと思うのだが、「フフフフフ……」系になるのは本意ではない。なりがちだから気を付けないといけない。フフフフフ……。

お昼を持参していったので国分寺隣接の駅ビルの屋上広場で食べ、古本屋を一軒覗いてそのまま隣駅の西国分寺へ。古本屋では東雅夫『怪猫鬼談』、メリット『イシュタルの船』を買う。それぞれ100円なり。『怪猫鬼談』は帯つきで美品だったが、よく見たら地のところに真っ赤なサインペンでラインが引かれていた。特化本コーナーから流れてきたもののようだ。まあ100円だったし読めればいいかあ(あまりそういうのを気にしない人)。

歯医者が4時からあり、6時からは友人一家と食事するという用がある。コーヒー屋にこもって仕事をしていた。昔このあたりに住んでいた頃にはよく来たドトールである。いつも原稿用紙に何かを書きつけている人がいたが、あれは何者だったのだろうか。ちなみにドトールの横にはプロントがあり(こっちは妙に日当たりがいいのであまり行かなくなった)某本格ミステリ作家さんがいつもアイデアを練っている姿が見えた。雑誌で顔を見たことがあったので、すぐにその人と分かったのである。東京で暮らしているとそういう人の姿を見ることがちらほらある。出版は東京の地場産業という言葉があるそうだが、半ばその通りかもしれない。もちろん東京以外にも出版社はあり、作家も住んでいるけれども、ここまでその業界の人が多く住んでいるのは東京だけだろう。

歯医者で治療を済ませ(先日痛かった奥歯、結局神経を抜いてもらった。神経を抜くってどういうことなのだろう、といつも疑問に思う)ミステリースポットとして有名な秋津商店街へ。こちらのコーヒー屋でさらに仕事。『怪猫鬼談』の解説を読む。充実している。『怪猫鬼談』とほぼ同時期に出た『妖髪鬼談』の2冊は京都の大手筋商店街にあった新刊書店(半地下っぽくなっていたお店)で見かけて、ほしいなーと思った本である。90年代から2000年代にかけての東さんの仕事の充実ぶりには目をみはるものがあり、自分が今似たような仕事をするようになって、そのすごさがあらためて分かる。

夜ご飯はうちの家族とご近所さんと一緒にファミレス。土曜だから混んでいる。それぞれ帰省のお土産を渡しあって、夜9時頃までおしゃべりして散会。帰宅して一応運動して寝る。

2026年10月16日金曜日

怪老人日乗:10月16日(金)眼球編

ぴょっぴょっぴょと笑い声が聞こえております。草むらの中からです。誰が笑っているのでしょうか。おーっと、ウサギでありましたー。というわけで適当に書き出したけれども、こういう文体に既視感があると思ったらあれだ、小池壮彦の「ドールハウス」だ。わたしが『家が呼ぶ』というアンソロジーに採録したのでぜひ読んでみていただきたい。「ならばなぜ!ならばなぜなの!」という絶妙にヘンで記憶に残るフレーズがある。

ところでニュースを読んでいたら、というかXを見たらそういう記事が流れてきたのだが、いま警察にいたずら電話をかけて「少林寺!」と叫ぶのがはやっているそうだ。今日のニュースでは三重県で「少林寺!」と交番のテーブル上で踊り騒いだ若者がいたそうで、逮捕されたという。そりゃそうだ。そこで「ああ、素晴らしい舞いでしたよ。感動しました」という警察官はいないだろう。多分いない。いるかもしれない。まあちょっと覚悟はしておいてほしいが、最近ではいないだろう。

警察からしたらいい迷惑な流行だろうが、私はこれがちょっと面白い。どこから流行ったのかが分からないという。TikTok由来だという話だが、そもそもどうして少林寺なのかも不明だという。これは幕末のエエジャナイカとか、戦時中のくだんにまつわる流言飛語とか、口さけ女の都市伝説とか、そういったものを思い起こさせる。後年、2026年という時代をふり返ったときに、この少林寺ブームはなんらかの社会的な意味を見出されることになるのではないか。少なくとも私にはそんな現象のように思われる。私がユングなら深い意味を見出すところだが……ユングどころか湯上がりのカエル人間のような眠気だから、いまは何も考えられない。

さて、日記を付ける。今日は一日家にいた。帰省の疲れが出てどうにもだらだらしてしまい、頭に身が入らない。頭に身が入らないっていうのはおかしな表現だが、言い直す元気もないくらい眠いのだった。でも仕事をする。メールを戻したり、インタビュー記事の修正を入れたり、たくさん届いていた封筒を開封したりする。締め切りもあるが、土日でなんとかするから許してくださいの気持ちである。

岡崎武志『読書の腕前』(光文社新書)読んだ。正直「買ってもすぐには読まないだろうな」と思いつつ函館の古本屋で買ったのだが、ちょっと読み始めてみたらこれが面白くて、つるりつるりと釣り込まれるように最後まで読んでしまった。もっと実用っぽい本をイメージしていたが、全然違った。もっと渋くて、個人的な本だった。ずっと本を読んできたという岡崎武志さんがなぜ本を読むのか、本を読んだら何かいいことがあるのか、といったあたりの話から始めて、本の買い方、整理の仕方などを綴った本である。後半にある岡崎さんと本のつきあいを語ったパートがとてもいい。十代で父を亡くした岡崎さんが、庄野潤三を読んでふいに落涙するところとか、ぐっときてしまった。

岡崎さんは読めば読むほど知らないことが増え、読みたい本が増えるというようなことを言っているとおり、何でも読む人だが、小説は日本の純文学がメインのようだ。そこは怪奇系、エンターテインメント系ばかり追ってきた私とはちょっと違う。しかしこの本を読んでいて、岡崎さんと私の意外な共通点に気づいたのだった。岡崎さんは私の20歳上である。そしてこの本は20年ほど前に出ている。ということは、ちょうど今の私くらいの年齢でこの本を書いたということだ。しかも11歳のお子さんがいると書いていて、そこもうちとほぼ同じ。東京の多摩エリアに住んでいるのも一緒である。本の置き場にこまって家を購入して、地下室を書庫にしているというあたりも、私のパターンとよく似ている。毎月書評の締め切りが10くらいあるというのも、まあ同じようなものであろう。

というわけで余計に興味深く読んだ。もっと言うと、自分の今とこれからを考えながら読んだのである。自分は怪奇の世界で生きているしそれは今後も変わらないのだが、この先どんな本を書いていくのかなあ、というようなことを考えたりもした。いい本でした。さっそく岡崎さんの別の本を注文してしまった。



怪老人日乗:10月16日(金)涅槃編

というわけで帰省日記のつづきを付けます。バブー。ところでいきなり脱線するのだが、私のなりすましアカウントが現れた。みんななりすまされているので私もそのうちには、と思っていたがついに来たという感じである。書いていることを覗いてみると、まあ普通のことしか書いていない、というか機械があっちこっちから適当に拾ってきて投稿した文章なのだろう。人格に統一性がない。ジムでダンベルを上げたり、同僚としゃべったりしている。こんな人間が存在するわけがない。

今みたらもう凍結されていた。通報してくださった皆さんのおかげである。しかしXの投稿、いつも私は意味のわからないことばかり書いていて、それが個性というか、偽物との違いを見分けるポイントになるのだから、何が幸いするか分からない。「こんなにまともな投稿をするのは本物のわけがない」というロジックで、どうにもこうにもブルドッグである。

さて帰省日記の続き。浪月堂で『私は呪われている』を買った後、電車に乗って五稜郭まで。と思ったのであるが、面倒になってきて歩くことにした。昔は柏木町から五稜郭、遠いなーと思っていたのだけれども2、30分くらいである。東京で暮らして歩く習慣ができたのもあるし、大人になって距離感が縮んだというのもある。ともあれ歩いてみようと思った。柏木町から五稜郭、というか繁華街の本町ですね、までは耳鼻科に行くためによく通った道である。わたしは中耳炎の持病があって、吸入したりするために耳鼻科に週何回か通っていたのであった。低学年の頃は母親と行き、10歳くらいからは一人で自転車で通った。小さい頃は帰りに電車通り沿いの商店で20円のがガチャガチャを買ってもらうのが楽しみだった。その昔ガチャガチャの定価は100円であったけれど、安価な(どこか偽物くさい)20円のガチャガチャもあったのです。

そのようなことを思い出しながら五稜郭まで歩く。このあたりも通学路であり、高校の圏内でもあるので見慣れた景色だ。遺愛高校という女子高校が電車通り沿いにあるけれども、ここは『夢野久作の少女地獄』という映画のロケ地だったりする。あの映画、全編函館ロケで(原作は「少女地獄 火星の女」)初めて見たときはびっくりしたものだった。市電の運転席に上半身裸の女性が乗っているのだ。確か。

五稜郭にきたら丸井今井に行く。市民がいうところの「丸井さん」で有名な地元百貨店である。子供の頃、親が買い物するといえば丸井さんか西武で、どちらにも本屋があったので、買い物している間立ち読みして待っていた。そしていつも1冊本を買ってもらって帰った。そういうことを思い出しながら丸井さんの本屋に行く。今は栄好堂という書店が入っているようだ。行ってみるとこれが立派な書店で、ちょっとしたジュンク堂くらいの規模がある。漫画も文庫も単行本も多く、翻訳ものもしっかり取りそろえており、人文書も多い。函館出身作家コーナーがあって、わたしの『日本ホラー小説史』『現代ホラー小説を知るための100冊』も積んでくれていた。ありがたいことなり。レジの方に許可を得て撮影する。




せっかくだからもうちょっと散歩して帰ろう。高校(函館中部高校)のあった方に歩き、電車通りの店並みを眺めた後、中央病院前から電車に乗る。さすがにちょっとくたびれた。函館駅前を越えて十字街まで。このあたりはいわゆるみんなが想像する函館で、教会があったり海があったりレンガ作りの倉庫があったり函館山ロープウェイがあったりというエリアになるのだが、私の実家は観光地と遠いので、あまり普段の生活と繋がりはない。だから心理的な距離も遠く、函館に住んでいた18年間は初詣のときと、どこか遠方からお客が来たときくらいしか行かない土地だったのだが、あらためていってみると美しい街並みで、神戸や横浜ともやはり似ているのだけれども、そこに漁港感と寂れ感、錆び感が相まって、北国の潮風が吹きつける荒涼とした厳しさもあって、なんともいい感じである。




十字街には函館工芸舎という素敵なお店がある。器とか工芸品とかを扱っているセレクトショップで、とてもいいものが並んでいるのだ。そこで家族へのちょっとしたお土産を買い、Xのフォロワーさんに教えてもらった古本屋さん(庶暮書房)も覗いて、岡崎武志『読書の腕前』(光文社新書)を買う。せっかくここまできたら海を見てかえろう。西武地区、つまり赤レンガの倉庫があって海が見えるあたりまで歩いていき、目の前に広がる海にうわーっといい気持ちになった。以前はなかった新島襄のブロンズ像ができている。私は同志社大学出身なのであるが、函館に住んでいる頃は、ここから出国してアメリカに渡った新島襄のことなんて1ミリも意識していなかった。不思議なものである。




電車に乗って帰宅。父と母と肉じゃが、イカ刺しなど食べながら、日本ハムとソフトバンクの試合を見る。あり得ないミスの連続でチャンスをふいにしていたのが日ハムらしい。仕事しようかなあと思ったけれども疲れて10時すぎには寝てしまった。岡崎武志『読書の腕前』おもしろし。

そうこうしてたら東京に戻る日となる。午前中はトランクに荷物を詰めた後、近所を散歩。「ボンゴ豆」という北海道にしか売っていない豆菓子がある。落花生に衣をつけて甘辛くあげたような、まあ「でん六」とかに似たようなお菓子なのだが、ボンゴ豆は他にはない美味しさで、豆好きのわたしはこれに目がないのだ。でセイコーマートにあったはず、と思って歩く。最寄りのセイコーマートは昔通っていた中学校のそばにあり、これまたノスタルジーな散歩となった。ところでセイコーマートにボンゴ豆は見当たらず、昔は不良の巣窟だったタコ公園を眺めてただ帰る。

お昼頃、母に空港に送ってもらって今回の帰省は終了。実家の老犬は思ったより元気そうだったし、父もまだ仕事を続けているし、母もあれこれ充実していそうだ。不肖の長男としてはほっと一安心、なのであった。空港には離陸の3時間くらい前に着いてしまったので、ラーメンを食べたり、お土産をゆっくり選んだり、電源のあるテーブルで仕事をちょっとしたりする。空港に来るのはいつも出発ぎりぎりだから、こうやってのんびり過ごすのは珍しい。