2026年8月7日金曜日

怪老人日乗:8月7日(金)

あっと驚く金曜日太郎である。その時、空がバリバリと割れて、その向こうから河童的な人間が手を伸ばしてきたのだが、金曜日太郎はそれをささっとよけたのだった。そのよけかたがあまりにも自然であったので、河童的な人間は思わず俳句を詠んだということだ。「古池や……」

というわけで今日は金曜日なんですけども、よく考えてみたら最近日記をつけたばかりじゃないでしょうか。今日はまだ朝だし書くことが決まっていないぞ。夜にすればよかった。というわけで近々の予定を書いておく。皆さんはそれをメモしてですね、冷蔵庫に貼っておいてください。ぴょろりんぴょろりん。

まず8月9日(日)荻窪小劇場にて劇団・排気口の公演『人足寄場』のアフタートークに出演。何を話すのだろう、人足寄場って何だろう。他の日のゲストをみると怪談師的なことをされている人が大半で、そういう人は持ちネタを話すことになるのだろうが、わたしは怪談もしらないし、ちゅるちゅると蒟蒻畑を吸いながら歩いているような人間である(比喩です)。そういう人が何を話せばいいのだろう。よろしくお願いいたします。

あとは8月22日(土)で三津田信三さんのデビュー25周年記念イベント、新宿ロフトプラスワン。土曜のお昼ですから皆さん来やすいでしょう。来てくださいまし。三津田さんのトークイベントというのはあまり機会がないし、本を持ってくればサインもしてもらえるというわけで貴重な機会です。わたしも横で相づちを打つだけは芸がないので何か企画を考えていく予定。わたしのサインコーナーもありますが、まあそれは奇特な方のみということで。持ち込み本もOKです。三津田さんからのプレゼント抽選会もあるらしい。

8月23日(日)はKukuriNezi vol.3。作家の森晶麿さんが芳林堂書店高田馬場店と組んでやっている作家のZINE即売会。入り口で1000円の入場料を払って、作家の作った本を買うという楽しい催しであるが、そこに今回お呼ばれしたので行く。ワニの本が出るのです。私の他、あすみねねさん、伊藤なむあひさん、岩城裕明さん、森晶麿さんというワニな布陣。どういうわけかこのところ文芸方面、とりわけストレンジフィクションを書く作家たちの間で、ワニブームみたいなものが起きているのである。ワニ絵をずっと描いてきた関係で、そこに混ぜてもらったというわけ。「ワニワニ日記」という連作イラストを描いています。

あと30日(日)は自分が出るんじゃなくて聞きにいく方で、東雅夫さんの芥川龍之介講演会(田端)に申し込んでいるけど、抽選に当たったのか外れたのか、まだよく分からない。Googleフォームで申し込んだら誰でもいけるのかなあ。東さんともだいぶ長らくお目にかかっていない。

それと個人的な用事といえば上京して以来ずっとお世話になっていた編集さんが早期退職されるのでその送別会に出たり、某オンラインイベントにビデオ出演したり、西武球場にナイターを観に行ったりする。推薦文を書いたカミラ・グルドーヴァの新刊が河出書房新社から発売されたりもする。そんな感じで8月も終わりでしょう。9月にはアンソロジーが2冊出るので楽しみである。大きな仕事をするのは大変だけれども、大きな仕事をしてこそこの稼業という気もするので、チャンスがあればどんどんやりたい。といってお待たせしているものも多いのだが。

2026年8月6日木曜日

怪老人日乗:8月6日(木)

もっくもくの木曜日である。かわいらしいネコちゃんを撫でている人がいるような気がする。そんな気分の午前4時であった。ガバリと西東三鬼のように起きる。

昨日は遠方(横浜)で打ち合わせ。午前1時半になぜか起きてしまって、そこから仕事をしていたので眠いといえば眠い。眠い水軍である。そんな水軍がいるかどうかはしらないですが……。さすがに6時くらいにちょっとだけ寝た。すでに朝から生活が乱れている。乱れ水軍である。ところで私は語尾を「である」にすることが多くて、ゲラをチェックしていると「であるからであるのであるのである」みたいな文章を書いてしまっていることがあり、参るのであるよ。

で朝ご飯食べてさらに取材の支度などし、午前11時すぎに家を出る。電車乗りついで横浜の某駅、K社編集者2名と三津田信三さんと打ち合わせ&取材。22日に開催されるロフトイベントの内容すりあわせである。せっかく横浜まで行くので取材もさせてもらおうと思い、25周年記念のインタビューを敢行した。好書好日に出る予定です。お昼ごはんを食べながら和やかにやって2時間ほど。

うちの近くに帰ってくると17時は過ぎるわけで、取材だけで1日暮れるのはよくないのだが、移動でちょっと疲れたなあ、とだらだらしてしまう。原稿進まず、胸のときめきやまず、宇宙人の誘拐やむことなし。夜は何をしていたのだっけなあ。さすがに眠くて早くに寝た気が。しかし最近は映画が全然観られてなくて、脳が悪くなっている気がするので、もっと観たり読んだりしないといけない。幸い8月はそんなに〆切がないのである。今週はちょっと涼しくて過ごしやすいが、これは関東だけのことのようだ。


2026年8月5日水曜日

怪老人日乗:8月4日(火)

くわっくわっくわ。火曜日です。うちには本が届く。自分で買ったものもあるし出版社からいただくものも最近は結構多い。そんなこんなで日に1冊か2冊は届くのが普通で、何にも届かないとポストが「お腹空いたよー、お腹空いたよー」と鳴くのである。そういうわけで昨日は2冊(雑誌1冊、画集1冊)届いて、ポストも「嬉しいよー、嬉しいよ-」と鳴いていたのであった。そういう人にわたしはなりたい。

ええとですね、昨日は仕事をしていて、月曜ですよね、仕事をしていて、いまいち捗らず。というのも翌日(つまり今日ですね)それなりに大きい仕事が控えているからで、気になっているのもあるし、その下準備に時間を要したのもあるし。でだらだらと仕事をするのであった。そこうしてたら子供が虫取りに行きたいという。友達と近所の雑木林に行くのだが、夜だからついてきてくれというのだ。夏休みといってもほとんど部屋にこもりきりであり、ほぼ即身成仏の世界であるから、そのくらいはつきあいましょう。うちは東京にぎりぎり属している埼玉よりの東京であるが、それがゆえにまだ雑木林が残っていて、カブトムシやクワガタムシも目をくわっと高僧のように見開けば、たくさんいることが忽然と悟られるのだ。まあややこしいいい方をしたけれども、とにかくまだカブトやクワガタがいるのです。

で近所の子も一緒に雑木林へゴー。あれこれみまわる。いないじゃないか。まだ仏教パワーが足りないのか。雑念煩悩が多いからか。煩悩即菩提の気持ちであらためて木を見る。木ってそんなにじっと見る機会がないな。いい経験だ。で3箇所ほど移動、もういないから帰るかと子供たちも諦めムードになっているが、わたしは何か感じるものがあってある木の根元をライトで照らしてみた。するとどうだ。いたいた、カブトムシが5匹ほど、何が面白いのかしらないが樹液をなめておられる。樹液さまーと拝むような気持ちなのかもしれない。大きなオスのカブトムシを近所の子がゲット。うちの子は虫があまり好きではないので、捕まえる気なし。まあいい経験であった。

夜はお風呂に入ったり、明日の準備をしたり、さらに顔面にパックをしたりする。お肌がつるんつるんになって地下室の蝋人形を驚かせて……っていう話は一昨日も書いたよな。まあいい、そんなわけでお肌のゴールデンタイムと言われている0時前には寝た。

起きて6時。火曜日である。仕事ちょっとして身繕い、朝ご飯食べて7時半には家を出る。六本木あたりのスタジオにて某番組収録1本。何度かご一緒している上條一輝さんと同席で心強かった。収録は10時からで1時間半ほど、上條さんがうまく笑いにつなげてくれて、私ももたもたしたしゃべりをフォローしてもらえた感じ。しかしカメラが回っている間は夢中になって喋るけれども、終わってみるとなんだかあれこれ話題をすっ飛ばした気がするし、逆に余計なこともずいぶん喋った気もし、後になって疲れが湧いてくるのであった。まあそれでもホッとして、上條さん、東京創元社のKさんといかにもオフィス街になじんだたたずまいのお店でお蕎麦食べて休息、11月の某企画の相談もちょっとだけする。

中目黒まで出て、そこでかっこいい感じのカフェや家具屋などを見た、と書いたら嘘になるので書かない。ふつうに副都心線に乗り換えてさらりさらりと村に帰った。うちについて13時半、まだまだ明るい。そんなわけでコーヒー飲みながら仕事再開。明日も遠出する仕事があるので仕事を進めておかなければだ。この数日、原稿をひとつも提出していない。ゲラは戻したけどそれ以外は手離れしたものがなくて、うーんうーんと思うのだった。しかしあれだね、「うーんうーんと思うのだった」って言葉としてはどこにでも当てはまるからすごいね。万能語だ。言葉のウェイパーだ。

夕方おやつ(白玉あんみつ)を作ってもらって食べ、お夕飯は地元の友人にもらった松尾ジンギスカンを焼いて食べる。毎年いただくのだが、これがとても美味しい。羊が苦手じゃない人は食べてみるとよろしかろう。で夜は取材の準備などで本読み。やること地味に多くて水曜日(5日)は午前1時半に目が覚めた。こりゃラッキー、いろいろやれると思って文庫解説のゲラチェックをしたり、本読みを進めたり、日記をつけたりする。

2026年8月3日月曜日

怪老人日乗:8月3日(月)

どよーんと月曜日である。なんというかあまり仕事が捗らなかったような……仕方ないという気もするような……な週末でありました。瓶の中からラメでコーティングされた河童が……こちらに向かって……ゆっくりと……な月曜日を過ごしたことはありますか?

というわけで日記をつけるけれども大したことはないのである。昨日でしょう、日曜日でしょう。朝ご飯をたべて仕事をやっていたのであるかなあ。子供は午前中遊びに行って、午後は『特攻野郎Aチーム』のリメイク版を見ていた。『エクスペンタブルズ』みたいだなと思ったけど、考えてみればこっちの方が早い。日中、イラストを描いて某所に送信する。6枚描く。文章だとうんうんいって悩むのに、イラストだとあっという間に迷わず描けてしまうのは、もともと欲がないからであろう。無欲になれば原稿は早くなるのだ。

午後もそんな感じでぼんやりいくつかの仕事を曖昧に。いくつも仕事があると作業内容が散漫になっていかん。ZOZOTOWNで服買う。夕方、東村山までバイクで走って図書館返却、ついでに旅行ガイドの類を何冊か借りる。夏なのでどこかに出かけたいけれども、せいぜい出られて日帰りだし、北関東がせいぜいだろう。いつか牛久大仏を見てみたいけど、どうなんだろう。帰りにまた雨に降られかけたが、ぎりぎりで家に帰り着く。夜は笑点の録画みる。

で今日は月曜日。所用あってが朝から1時間ほど外出、待ち時間に桜庭一樹『読まれる覚悟』読了。批評・書評が小説/書き手にどこまで踏み込んでいいのか、また評される側はそれをどこまで引き受けるべきなのか、という問題について考えたエッセイ。雑語りはいかんと常々思っている自分ではあるが、しかし必ずしもやっていないかといえばそうともいえず(特に詳しくないジャンル、作家については)、面白がっていいものをうっすら見下すというのはSNSでも容易に起こりうる話であり、いろいろ省みる機会になった本でした。それにしても桜庭一樹さん、読者に家を知られて近所に引っ越してこられたり、「今から和牛をたべにきませんか」と固定電話にかかってきたりしたらしい。それは怖いだろなあ。

あと顔面にかえるが貼りついて、ぴょんぴょんドロップシールだった。


2026年8月1日土曜日

怪老人日乗:8月1日(土)

はちがつだああ。ウーパールーパーの季節だあああ。という声が聞こえてきたけど、それは耳を澄ませば波の音であった。あいうえおの逆を知ってるかい?おあいうえだよ。そういうわけで今日は土曜日があったのであった。明日は日曜日があるのだった。昨日は金曜日があるのだった。バブー。

朝起きる。そりゃそうだ。でもさっきちらっとネットニュースみたいのが流れてきて、片岡鶴太郎は夜11時に起きると書いてあった。だから世間に当たり前などないのである。わたしは朝起きた。そして朝ご飯を食べた。パンである。野菜である。お皿である。コーヒーである。というかうちは朝ご飯のとき紅茶を飲むであるが、すぐにコーヒーも淹れるのである。ということは紅茶はカフェインとしてみなされていないわけで、なんだか気の毒な気もする。でも美味しいとは思っているのだ。紅茶は紅茶で好きなのだ。でも直後にコーヒーを飲みたくなるのだ。

で。片付けをさらりとして午前中はゲラを2つ見る。あとは諸方面に仕事のメールいくつも返す。岩澤宏樹監督からメールをいただいていたので、それにも返信する。そんなくらいでもう午前が終わってしまった。ダバシャー。お昼食べて午後はさらりと外出。所沢で映画ちいかわを見る。ちいかわについてはほとんど何も知らない。はんぎょどんと同じくらいの距離感である。でも評判がいいので観に行った。恐いという人もいる。ミステリーだという人もいる。ホラーだという人もいたっぽい。いい大人が何を怖がっているのかね、と思いながら泰然とみる。恐かった。ミステリーだった。ホラーだった。そして何度も後々思い返して、胸のあたりがぐーっと重くなるような映画であった。見てよかった。

帰宅して夕方、子供を習い事に連れていく。待っている間近くの駅で座っている。成城石井を覗いたらガラナの炭酸飲料があったので、話の種に飲んでみた。北海道人のなじみのガラナより少し甘みが遠い気がするが、これはこれでアリ。ガラナ自体の味はよく知るものである。というかこれが元祖で、北海道で広まっているのが日本ナイズドされたガラナドリンクなのだろうか。歩いているとダーッと雨に降られて、ふんどしの奥の奥までぐっしょりと濡れてしまった。ふんどしをしているわけではないので比喩であるが、まあそのくらい雨が降ったのだ。でも自宅に戻ってみると道路は乾いている。どうやら局地的な雨だったようだ。なんてこったい。お夕飯たべて風呂でホラー新刊すこし読む。夜はパックもらって顔面に貼りつけた。近くメディア出演があるので、お肌をつるつるにして驚かせてやるのだ、地下室の蝋人形たちを。

夜はこんな日記を書きながら仕事をしないとなあと思う。この週末であれこれ辻褄を合わせるつもり、火曜は収録、水曜はやや遠方で打ち合わせと取材、木曜は某誌入稿作業だから、来週も結構せわしないのである。気づけば9月になっていそうな。ウーパールーパー。



2026年7月31日金曜日

怪老人日乗:7月31日(金)

金曜日である。昨日は仕事からの帰り道、駅のモスバーガー店内でお弁当を広げて食べている人を見た。びっくりしたけど、何か事情があるのかもしれない。お弁当を食べることを許されたエージェントなのかも。そういうわけで人を軽々に判断するのはよくないし、モスバーガーは私も長いこと食べていない気がする。近くにあるのに。

というわけで今日は金曜日である。グザッと切り裂かれるような鋭い曜日だ。ええとですね、友人から聞いたところによると今、若い人で「名無し之太郎」というバンドがいるらしい。こういう物言いはいかにも老人めいていていやなのだけど、知らなかったのでしかたがない。でそのバンドの人たちは函館中部高校出身、すなわちわたしと同じ高校ということになる。函館というのは文化果つる地で、というか非常に荒っぽい漁師的なカルチャーの町なので、輩出した有名人は川内広範、五島勉のみ(あとは近隣で北島三郎、千代の富士)、という持ちネタがあったのだが、こういうおしゃれな若者がデビューしたとなると話が違ってくるのだった。むしろGLAYの人たちの方がやや年齢が近いので、バックボーンというか背景にある不良文化、暴走族的な匂いが伝わってきて「函館の人だねえ」という感じがするのだけども。

いきなり脱線したので日記をつけるけれども、昨日はですね、午前中原稿をやって昼から飯田橋に出て某月刊誌の作業。これが入ると原稿の手が止まってしまうので悩ましいのだ。前も書いたけどもっと都会に住んでいるか、編集部が近所に越してくればいいと思うのだが。ともあれ夕方までやって帰宅。まだ暑い。ええとお夕飯は何だっけ、パエリアだ。夜原稿やる。インタビュー記事、9割方までできたところで睡魔がどろどろと迫ってきて、やめてくれろといいながら寝る。移動中は送っていただいた木下龍也さんの日記『日記の舌』読む。わたしの名前が出ているというのでナナロク社の方がわざわざ栞をはさんで送ってくださったのである。心遣い、気遣い、真心、おにぎり、お重箱、おせち、鯉のぼり、そういう感じのありがたさであった。



ところで木下さんの日記に私が登場する4月28日はこの怪老人日乗でも記述があって、読み返してみるとこちらにも木下さんが登場する(蛙坂須美さんと木下さんの対談の項)。しかし端正な文章で綴られた木下さんの日記に比べて、わが怪老人日乗は例によってぐじゃらぐじゃらな内容であり、これでいいわけあんめえ、日本人、と「ザザンボ」だか「バリゾーゴン」だか忘れたけど、渡辺文樹監督の映画のポスターのようなことを思うのだった。知らない人は検索してくれ!

で今日。それでも朝の4時に起きられたからいいとする。インタビュー原稿は一旦止めて、好書好日の時評原稿を書く。毎度のことながらギリギリである。ぎゅっと詰めてやっている。もっと計画的に進められたらいいのだが、と思いつつ8年経ったからもう直らないであろう。バブー。時評できたのが11時、さらに昨日のインタビュー記事の続きを書いて、リードなどつけ足して送る。お昼食べて午後外出。渋谷まで。闇さんにお誘いいただいて『記憶汚染展』内覧会に行く。ビームというギャラリー、どこじゃいなと思ったら何のことはない、渋谷で唯一用事があるまんだらけの入っているビルであった。しかしいつもは地下に行ってしまうので、4階まであがったことないのよお。

と叫びながら4階まで行き、『記憶汚染展』見せてもらう。近くに頓花聖太郎さんのお姿があったが、こちらに気づいていない風だったし、ちょっと距離もあったのでご挨拶せず。不人情なことであった。もっとフレンドリーに接近していけばよかった。大人げないことであった。展示は記憶のねじれ、改ざん、歪みなどをテーマにした写真、オブジェが並んでいて、なるほど記憶異変というのはホラーでも重要なテーマだし、心霊的なモキュメンタリーからこっちに進んできたのか、といろいろ考えるきっかけも与えてもらった感じで、とても面白かった。最後まで見て、もっかい途中から見よと戻ったら深津さくらさんと遭遇する。ちょっと立ち話。大阪でのイベント以来である。

渋谷にはあまり用事がなく、ホームの池袋に早く帰ろう、と思って帰る。存外時間が早かったのでパルコとルミネで洋服見る。前も書いたかもしれないが、こういうファッションビルって何歳まで立ち入ってもいいんだろう。そろそろ年齢オーバーな気がしているが、といって百貨店で買うというのも何だし、どうしたらいいんだろう。和尚の格好が一番いいのだが、経歴詐称になりそうだ。電車では松原タニシさんの『恐い日常』読む。お風呂で読了。いろんなものが怖くなくなったタニシさんによる、率直なエッセイ。




2026年7月30日木曜日

怪老人日乗:7月30日(木)

 もっくもくの木曜日だあああ。というわけで木曜日のピュ、である。南無阿弥陀仏。ええとですね、数日日記をつけていなかったけど何をしていたのかな、どれどれ脳みそを開いてみましょうか……。

昨日はなかなかのイベントであった。人生で初めてだと思うのだが、自宅で取材があった。某月刊誌の本棚探訪企画である。紹介してもらえるのはありがたい話であるが、うちはいわゆる普通の住宅街の民家であり、家族と同居している家の中に書庫があるというわけだから、かっこいい仕事場とか、クールな和尚さんの説教部屋とか、そういうものではないのである。それはそれとして一生懸命書棚を整理する。入らないものはとりあえずイケアのでっかい袋に入れて、寝室に放り込んでおいた。わけのわからない雑貨の類もすべて寝室に置く。かかか。

午前中はそわそわして仕事にならず。京極夏彦さんなら直前まで原稿を書いているのだろうが、わたしはそんな精神力がないので、早起きしたのにずっとソワソワ片づけものをしていた。家族もそんな感じ。で午後2時、うちの前をタクシーが通り過ぎていく。あれかな、と思ったけど停まる気配もないし、違ったのかと思ったらチャイムが鳴った。うちだった。タクシーの運転手さんが危うい人で、あちこちぐるぐる走り回っていたらしい。白昼の暴走族だ。

で某月刊誌の編集さんはじめ、担当のライターさん、イラストレーターさん、外部編集スタッフさんが来て総勢4名、手狭なうちのリビングは文鳥もいるし満杯である。ちょっと休んでさっそく書庫と仕事部屋見てもらい、どっちをメインで紹介してもらうか決める。書庫のほうが面白いということで、それでもうちの書庫は変な形をしているので、スタッフの方々であれこれ合議をしておられた。軽くインタビュー的なものも受けて2時間ほどで終了。暑いなかおつかれさまでした。

その後夜は原稿書きしようと思ったのだが、なんとはなしに気が抜けて、ぼんやりと過ごす。とはいえ原稿は進めたのでご安心くださいって誰に言っているのか分からないが、最近はタイマーをかけてとにかく1時間で1枚は書く、というようにしている。すると起きている間、10時間座っていれば10枚は進むわけで、そういう人にわたしはなりたいと思っている。

それが水曜日でありまして、28日(火)は何をしていたかといえば解説をやっていたのかな。文庫解説を。そんな気もするが……カレンダーを見るとどこか出かけた形跡もないし、家で仕事していたのかなあ。月曜日は27日か。この日も原稿やってたんかいねえ。書評も1本送った記憶あり。あとは片づけなどをしていたのだったか。そうそう、火曜日は『怪奇の断片』の発売日だ。まだ書店で見られていない。どどーんと展開してくださいよ。おかえりなさいませご主人様、という言葉を夜に聞いたら死ぬらしい。




2026年7月25日土曜日

怪老人日乗:7月25日(土)

どっしりと土曜日。何かのコマーシャルにでもありそうなフレーズだな、どっしりと土曜日。ないか。ええとですね、今日は久しぶりに予定なし。外出の予定がないのはありがたい。でもまったくないのも人間がぼける気がして、ちょっとくらい人とあった方がいいのだろうなとは思う。そんなわけで木金は外出したのであった。そのあたりのことを書く。

木曜日「うわああ」と原稿をやる。あらかたできたところで夕方外出。近場なので気が楽だ。池袋のジュンク堂書店本店へ。近場といっても電車で20分くらいはかかるんだけど、一本でいけるのがだいぶ違う。気持ちが楽である。なんか普段着でいい気もするし。

お夕飯どきにかかっていてお腹が空きそうだったので、駅のコンビニでファミチキを買って、ジャック・ケルアック的に路上食べする。そうだ、私は高校生の頃何を読んでいたのかよく思い出せないのだけど、ケルアック『路上』を読んでいたんだった。あれは結構影響を受けてしまった本である。話を戻すとそんなわけでファミチキを路上食べしまして、ジュンク堂9階へ。春日武彦さんと蛙坂須美さんの対談。恐怖と記憶をめぐるトークイベントである。お二人の本の話をするのかと思いきやそんなことではなくて、互いの怖いものは何か、という話がメイン。それが具体的で面白かったし、具体的にどんな作品でどう描かれているのか、というあたりが語られて作品論になっていたしで、大変にためになる感じだった。お二人は嗜好が似ているというか、怖いと感じるあたりのものが共通していて、そこも噛み合っていてよかったと思う。

会場には倉野憲比古さんと中公の編集Nさんの他、怪談方面の深澤夜さん、卯ちりさん、酢豆腐さんなどが来られていて、なかなか怪奇度が高い感じ。お夕飯は結局最寄り駅までもどって食べて帰る。帰宅して22時。仕事しようかなと思いつつ、頭ぼんやり。暑いものね。

で金曜日。ちょっと早起きして仕事再開。解説原稿書き進めつつインタビューのテープ起こし。あちこちにメール返信もする。午前から飯田橋に出て某月刊誌の校了作業。午後に終えてそのまま阿佐ヶ谷。ザムザ阿佐ヶ谷にてサイコシス公演『新選組in1944』をゲネプロで鑑賞。サイコシスさんの舞台は第2回公演から毎年拝見しているが、今回もとてもよく、負け戦が決定した新選組隊士が1930年代のドイツに行き、ナチスと手を結ぶという奇想、そこに1940年代の中国大陸の女性の意思が絡んでくることでさらに事態は複雑になり、最終的には死屍累々、絶えることのない大量死の歴史とそこで圧殺された個人の怨念、そして日本においては吉田松陰以下の薩長閥による国家の私有化への異議申し立てが行われる、という奇想天外、ほとんどこりゃ歌舞伎とか江戸の読本みたいな話だなあという内容で、台本を書いた高取英はもちろんすごいのだけれども、それを現代の格好いいゴスかつ元気な美意識に落とし込んだ森永理科さんの演出もすばらしく、緩急のつけ方が相変わらず非常に好み。演劇やってる人たちはすごいなあと毎回思う。フィジカル的にも精神的にも。でも公演観ると楽しそうだなあと思うし、お芝居の「魔」みたいなものを感じるのでありました。

で今日の午後になっちゃたから今日の日記もあわせてつけよう。水曜日うちに取材が入ることになって(本棚取材)そんなこんなで少し片付けをする。ゾイドを磨いたり。ものを並べたり。子供が気を利かせてサメのロボットを貸してくれた。これも飾っておくかあ。で仕事少しやってたらお昼どき。

午後は清瀬市のひまわり祭りを見に行く。近所に住んでいながら一度も行ったことがなく、それももったいないということで出かけてみたのである。駅前からシャトルバスが出ているというので、なかなか行きづらそうな場所なのだが、バイクで行ったら存外近かった。まあ屋外で屋根がないので暑いは暑いのであった。しかし私は前から書いているとおり暑い寒いの話を書くのが好きではないので、そこはスルーする。ひまわりが一面である。眼窩に、じゃなくて眼下に一面ずらりである。まるで人間が植えられているようであった。おそろしいことであった。ひまわりの中を歩き回る。ひまわりというのは変換すると向日葵と漢字で出てしまうけれでも、平仮名で書いた方がしっくりくるので平仮名で書く。軽く見て帰るつもりだったが、どこまでも延々とひまわり畑であり、アメリカのホラー映画のようだ。ここで迷路など作ったら面白いだろう。ひまわり切って持って帰れるコーナーがあって、1000円払って切りたい放題、ジョギリショックである。というわけで9本ほどお花をもって帰った。来週自宅に取材が入るから、これを花瓶にいけておこう。そのままコーヒー豆を買ったり、食材を買ったり、薬局に寄ったり、図書館で本を返したりとまとめてあちこち用事を足す。それだけでも熱中症になりかけ。大変だあい。

ところでふと気になって実家の母に連絡を入れてみたら、今父と上京してホテルに泊まっているという。父は仕事をしているのだそうで、夕飯一緒にどうかと誘ってみたら大丈夫とのこと。家族3人で急遽江戸川橋の椿山荘に向かう。ホテルの部屋を見せてもらい、ほへー、とお上りさん気分で部屋をなめ回し、坂の下にあるビストロで夕飯。前に椿山荘でヤボ用があったときにランチを食べに来たことがあるお店で、夜も美味しかった。両親とあれこれ。夏場は繁忙期ということもあり、なかなか帰省できないので、突然だが会えてよかった。帰宅して22時半。風呂に入って仕事す。「仕事のないときに遊ぼう」とか思っていると一生遊ぶ予定が立たないので、今日みたいに唐突でも無理やりでも予定を入れて、思い切って出かけてしまったほうが後々いいのである。

2026年7月22日水曜日

怪老人日乗:7月22日(水)

さて三連休も終わりまして、山から小僧が降ってきましたね。どういうことだろう。書いていて意味が分からないことって、あるよねー。というわけで今日も日記を書いてみよう。暗闇の中を、灯火も持たずに歩くかのごとき、南無阿弥陀仏の声のみ聞こえて……そういうひんやりした気分で読んでください!

ええとですね、三連休はそんなわけで基本的に仕事。出かけたといっても子どもを習い事に送ったりとかそんな程度かな。確か。あとは先日も書いたけど夫婦で中華を食べに行ったりとか。そんなくらいでありました。買い物とかもせず。最近思うのだけど、1000円札の価値って以前の500円くらいになってませんか。あっという間にいなくなるんだけど。私は現金派なので、なんとかペイとか一切使っていないんですけども、そのせいもあって現金の減るのの速さを体感する。以前は「財布の中の頼れるあいつ」的ポジションだった5000円札も、さらりさらりと気づけば姿を消している。どうしたことだ、って物価高なんだろうなあ。まだ1ドル100円くらいに戻らないかしら。と思っていたらイタリアで仕事をした会社から原稿料の通知がきてユーロ支払いだという。こういう時はせこいので「よしよし」と思うのであった。ということは外国で仕事すればいいのか。誰か外国で仕事ください。ハローハロー、わたしは宇宙のカモメです。

今日は朝から外出、取材2本続けてある。こんな機会はそうそうないのだが、どっちも神保町だし、重なっていた方が疲れなくていいかな。午前中は集英社で神永学さんの取材、午後は小学館で一木けいさんの取材であった。どちらも楽しくお話をうかがう。前者は媒体が「青春と読書」、後者はウェブ小説丸。終わって16時くらい、へろへろになって電車に乗り、座れたので池袋から寝る。ちかれた。夕方でもまだ外は暑く、「どうなっているんだい」とモグラに問いかける。モグラは「知らねえよ」と海のほうに駆けていった。モグラのくせに青い色をしていた。不気味であった。

帰宅してコーヒー淹れて仕事再開しようにも、疲れているからかあんまりやる気起きず。しかしやることは多々、〆切過ぎているものも多々で、頭が混乱してくる。ひとつひとつ粛々と片づけるしかあるまい。南無阿弥陀仏。

そうそう、小池壮彦『怪奇の断片』の編者見本が自宅に届いた。でっかい段ボールで何だろうと思ったら、分厚い大ボリュームの小池本でした。解説読み返す。なかなかよく書けているのではないか。しかしその後に付いている小池壮彦さんのあとがきがいい。やっぱり小池さんは文章がうまいなあ、と舌を巻く。本編もぱらぱら読み返すが、いやあ、怖い。鬼気というか霊気というか、そういうものが本から滲んでいて、こりゃおっかない本ですわ。ぜひ手に入れてみてください。現物の写真はまた載せます。



2026年7月19日日曜日

怪老人日乗:7月19日(日)

ピーンプーンポーンポポポーン。宇宙語。

そこで改行すんのか、ってところで改行してみたけど、まあ日曜だからいいでしょう。昨日は午前1時半から仕事するというめっちゃくちゃ太郎(めっちゃくちゃ家の長男)みたいな生活を送っていたので朝7時くらいですでに眠かった。合歓太郎(合歓の木から生まれた一族)みたいであった。それでうとうとしながらもがんばって働き、仕事用の本を読んだり、取材用のゲラを途中まで読んだり、文庫解説を1本仕上げたりした。

で夜は子どもがいなかったので隣駅に出て中華料理を食べる。できたばかりの頃は空いていたのだが、最近は混んでいて、お店の人はえへらえへらと嬉しそうだ。帰宅して録画したまま見ていなかった笑点を見て、夜は床で寝る。床で寝るとよくないなー。最近、肩とかが痛いということは以前も書きましたけれども、その痛さがよりじんじんと広がってですね、実にいい感じですね。バブー。

そんなことではいかんと思ってベッドに移動して2時間ほど寝直す。やっぱり赤ちゃんはね、転がっているのがお仕事だね……。ええとそういうわけでメールを見たら、書棚というか書斎というか、そういうものを取材させてほしいという依頼。ありがたし。ずっと出たかった企画なので受ける方向で。あとは請求書3つ書いてメール送信。最近は請求書を出してほしいと言われることが増えて、これはフリーランスのなんとか法とか、そういう規制が厳しくなった関連だろう。まあこっちは書式があるので、そこに記入してPDFにするだけだが、微妙に手間はかかりつい後回しになる。事務仕事をする人を雇っていたら、このあたりは楽なんだろうなあ。でもそんな贅沢は許されないので自力でやってます。