2026年9月20日日曜日

怪老人日乗:9月20日(日)

ニッコニコの日曜日だよおおお。と謎のアイドルが叫んでいる。荒れ果てた墓所で。奥津城で……。南無軍茶利明王……。というわけでですね、日曜日なのでみんなニッコニコした方がいいですね。わたしは低気圧にて眠くて眠くて、ニコッ……とした端から笑顔が無重力空間に吸い込まれていきます。なので無表情であります。

今はなかなか激し目の雨が降っている。台風接近だから仕方ない。やや獄門島風になってしまったが、仕方ないのである。明日はもっと台風が近づくらしく、大型ロックフェスもゲームショーも中止になった。大変なことである。こういうの払い戻しをする側の気持ちになってみると、頭が痛いだろうなあと思うけれども、来る予定だった人はもっと悲しい気持ちなわけで、みんなでやっぱりニッコニコの日曜日にするしかない。謎のアイドル、頼む。

というわけで散歩もいけず、朝から本読み。ベッドで本を読んでいると眠くなってうとうと、これではじいさんではないか。まあがんばろう。今日の日記はそんなところなのだが、さかのぼってすこし書く。

火曜と水曜は打ち合わせの2連続であった。まず火曜日は星海社のM茂さんと。『現代ホラー小説を知るための100冊』を作ってくれたありがたい方である。この方と池袋にあるルノアールで打ち合わせ。池袋周辺には喫茶室ルノアールが何店舗もあるのだが、私がよく使う某店はいつ行っても空いていて、打ち合わせにぴったりなのである。その分、いつか潰れてしまうのではと心配にもなるが、そこで次の企画について相談。こんな感じにしましょうという合意にいたって、あとは雑談などをあれこれする。熊本地震の影響で業界全体的に紙不足であり、大変だという話など。M茂さんが作っている本、なんと国民的大ヒット漫画と同じ用紙を使っていて、紙を確保するのが一苦労だという。世界は繋がっている。

そして水曜日。朝イチで飯田橋の某月刊誌(ダ・ヴィンチね)の編集作業に顔を出す。そのまま早めのお昼を食べ、へろへろと書店をまわってから昨日と同じルノアール。今度ははじめましての版元さんと顔合わせ&書き下ろしの打ち合わせ。担当の方がなんと国文学の専門書で有名な関西の版元出身ということが分かり、なんとなく親近感を覚えたのだった。ホラーについてあれこれと話し、企画の方向性を探る。幸い先方から「こういう感じで」という割と具体的なオーダーがあり、こちらとしても異存のない内容だったので、初回にしては迷走しないで済んだ打ち合わせだった。

2時間ほどやってベローチェにこもり原稿書き。コーヒー飲みすぎでやや気持ち悪くもなってくるが仕方なし。水曜日は一日夜まで用事があったのだ。お夕飯、これまた早めにジュンク堂横のキッチンABCで食べて、やたらに重たいリュックを池袋駅のコインロッカーに預ける。渋谷に移動。19時からマーク・ボラン追悼イベント「グラムロックイースター」を見る。渋谷ダイブという会場、初めてでちょっと迷ったが、行ってみたらなんのことはない、かつてメディアファクトリーの入っていたビルの先にあるライフの並びで、とても馴染みのあるエリアだった。ノスタルジー。

マーク・ボランというのは、まあ何度も書いているけれども私が一番好きなアーティストで、Tレックスを率いて1970年代にグラムロックブームを巻き起こしたのだが、若くして亡くなってしまったのである。でその遺志をついで日本のミュージシャンの秋間経夫さんが毎年ボランの命日にイベントをやっており、今年が40回目。ボランのギターの音を完璧に再現できる秋間さんが、ひたすらTレックスの曲を演奏しまくるという夢のような会である。お客は100人強。私と同世代かそれよりも上の人がほとんどで、まあマーク・ボランのファンならそんな感じだろうなと思う。Tレックスの曲、19曲。ぶっ続けで、と言いたいところだが出演者も観客も年配なので途中15分の休憩があった。おそらくTレックスの全アルバムから万遍なく演奏されたセットリスト。

今年はゲストも出演して(ジョニー・サンダースとデビッド・ボウイもやる)豪華でしたが、やはりメインはTレックスの曲をでかい音で聴ける、しかもプレイスタイルも完コピの秋間さんの演奏で、という点に尽きる。初期のアルバム(「電気の武者」あたり)はCDで聴くよりライブで聴いた方がはるかにかっこよくて、世界に数台しか残されていなかったというヴァンプパワーのギターアンプの音色にうっとりするのでありました。いや、ヴァンプパワーの音って他では聴いたことがないから、比べようもないんだけど。おそらくボランのギターもこんな音が鳴っていたはず。

というわけで非常に楽しかった。Tレックスの魅力はどこにあるかといえば、もうそれは「童心」「子供っぽさ」にあるだろう。ロックミュージシャンというのは基本的にはまあ反抗期っぽいというか、10代後半的な尖った感じ、あるいは20代前半の若々しい感じが音楽の根底にあるわけだけど、マーク・ボランはまだ思春期を迎える前の、つるつるした精神性のまま歳を重ねた人のようで、5歳くらいで時が止まっているのではないかと思われる。その多幸感が、音楽にも歌詞にも表れていて、聴いているととってもわくわくしてくるのだ。私の中では江戸川乱歩や杉浦茂、安西水丸と並んで、子供っぽさの象徴のようなクリエイターなのである。

大雨だったけどそんなわけでとても楽しかった。で帰り道、並木橋の坂をあがってNBF渋谷イースト、すなわち昔メディアファクトリーの入っていたビルを見る。なつかしいなあ。このビルに通っていた頃はまだ多少若く、明日をも知れぬ身の上でありました。まあそれは変わらないのだけど、東京の右も左も分からない状態であった。メディアファクトリーのお向かいにあった喫茶店でインタビューをして、その時のコーヒーの値段を見て東京の物価に仰天したのだが、あとでもう一度行ったらごくごく平均的な値段であって、あの時の驚きはなんだったのか、と思ったのである(多分そのくらいお金がなかった)。

久しぶりに行ってみたら近くにマンションができた以外はほぼ昔のままで、JRAもまだあるし、金王神社へと続いていく坂道の眺めもそのまま。東日本大震災発生時は帰宅難民となり、この渋谷のビルに一泊したこともあった。ということをしんみり思い出しつつ、ダ・ヴィンチ終刊とともに色々懐かしくなるおセンチ日和なのであった。

2026年9月19日土曜日

怪老人日乗:9月19日(土)

どどーんと土曜日。ドドンゴ。あ、直った。何が直ったかといえば、今までパソコンでひらがな→全角片仮名の変換に「F7」キーを押していたのだけど、最近それがうまくできなかったのである。やり方を調べて今やっと直りました。ドドンゴ。うん、ちゃんと変換されている。

というわけで日記めいたものを書きますが5連休的なものが溶けるように、山の向こうから押し寄せてきたのである。5連休的なものは別に求めてはいないのだが、世間がお休みだと取材とか打ち合わせがほぼ入らないので、集中できて仕事ができるというメリットはある。仕事するのは変わらないのだけど、だいぶ心のゆとりが違うのだ。5連休はどこにも行く用事もないし、せいぜい家で配信映画を観るくらいだろう。宇宙人観測をするくらいだろう。なのでのんびりとあれこれの仕事を進めたい。文庫解説がいくつかあるから、それらを早めに進めておかないとまた泣きを見る。

さて昨日はちょっと人生の節目のような日であった。かつお節である。けずり節である。そういうものが川を流れてきたのであった。ええとですね、自分でも脱線したせいで何を書こうとするか忘れてしまうので、あわてて軌道修正しますが、昨日は朝から原稿書き。まだ風邪気味であったので、葛根湯を飲む。幸い高い熱など出るタイプの風邪ではなかったようで、家にいたらだいぶんよくなった。原稿仕上げて昼前に送信。20枚弱の対談もの。で外出、飯田橋へ。

さて飯田橋で某月刊誌、ってもう隠すこともないので書いてしまうが「ダ・ヴィンチ」の校了作業。「ダ・ヴィンチ」とのご縁は長く、2008年に上京した翌年からいろいろと仕事をさせてもらうようになり、外部スタッフとして編集業務にもごく一部だが携わっていた。その関係で飯田橋の編集部に立ち寄ることも多かったのであるが、今回校了した号で「ダ・ヴィンチ」もついに終刊。わたしの仕事もこれでおしまいとなった。メディアファクトリー時代から数えて17年、よく続いたものである。最近は忙しくなりすぎて「足抜けさせてもらおうかな……」と思うこともあったのだが、まさか雑誌の方が先になくなってしまうとは。

「ダ・ヴィンチ」の功績というか意義については、終刊号が出たあたりでまた書こうと思うけれども、自分との関わりにおいて言うと、まず人と接する機会が増えたのが大きいですね。ライターというのは取材やなんかはあるとはいえ、基本的にはあまり人と会う仕事ではない。会うとしても一部の編集さんと作家さん、あとはカメラマンさんなわけだが、「ダ・ヴィンチ」と関わったことでそのあたりの幅がぐんと増えた。昔はダ・ヴィンチ文学賞というのもありましたから、そこで同業のライターさん(吉田大助氏)と初対面する機会もあったり。また編集部に顔を出したことで、直接つき合いのない編集さんとも多く知り合えたし、アルバイトの学生さんとお話しすることなどもあって、世間の狭い私としてはずいぶん得がたい場であったのだ。

まあ雑誌の編集部というのはこういう人と人を繋ぐハブみたいな意味合いが大きく、雑誌がなくなるとその場も同時に失われるのが残念なことではある。ハブと言ってもヘビではないよ。ヘビのハブは怖いのだ。噛まれると牙から毒が出て、肉を溶かすんじゃなかったっけ。それは違うヘビかもしれないな。とにかくそのハブじゃないのだ。マムシでもない。何を書こうとしているのか分からなくなったので、そろそろこの段落を終了させます。

で、そんなわけで昨日は最後の校了作業。雑誌の校了日はいつもばたばたーという感じなのだが、昨日だけは最後とあって妙に静謐というか、どことなく落ち着いた雰囲気のある編集部内であった。それでも粛々と校了が進んで、まあ普通だと次の号の準備をしている人がいるわけだけど、それがないですからね。わたしも17時くらいにゲラを戻す。長らくお世話になった方々にご挨拶のメールなどを送っていたら19時。編集部揃って近所の中華屋で打ち上げ。あ、この店前に来たことがあるな。私はなんだかんだで「ダ・ヴィンチ」では古参の方だが、わたしよりもさらに長い方がいて、でも最近入ったばかりの新卒の方もいてで、まあ歴史のある雑誌だから関わった人が地層のようになっている。22時すぎまであれこれお話しして、2次会に行くという方々と別れて帰宅。別にしんみりするということもなかったが、こういう形で大勢の編集者と会って話したりという機会は、もうないであろう。そう思うとやや感慨深い気もする。最後の最後で「ワニのスタンプを買ってくださいよー」と押し売りして、3人くらいに買ってもらった。

帰宅してお風呂に入って寝る頃には、風邪っぽいのがすっかり治っていたのである。中華料理で治ったのかしら。

2026年9月18日金曜日

怪老人日乗:9月18日(金)

明けましておめでとうございます。めちゃめちゃ日記の間が空いてしまった。いや、以前は1か月とか平気で空いていたんだけど、最近は割とコンスタントに、コンスタンチンに、コーンスターチにふりかけをかけて食べていたので、このくらい間が空いてしまうと申し訳ねえ、という気持ちになったりもするのであった。こういう「気持ちにもなったりする」みたいな言い回しというのは私のなかで「小沢健二風の言い回し」なのであり、朝から小沢健二風になってしまったのである。若い人はピンとこないであろうが小沢健二というのは90年代末、それはもうすごい人気で、周囲の女子はたいてい小沢健二のファンだった。しかし小沢健二みたいな上品ぽくて知的な男子というのはそうそういるものではなく、結局のところ悪鬼羅刹、修羅道みたいな人とつき合うことになるのだった。それが人生なのであった。

まったく意味が分からない、しかも真偽不明なことを書いていますが、日記をつける。風邪気味である。珍しい。「今年は一回も風邪ひかなかったな」と思っていたら、ついに風邪っぽくなってしまった。寝込むほどではないけど、微怠いという感じ。うーん。夜も寝てしまって、仕事も若干遅れている。

昨日は取材でありましたね。午前中、原稿書きをして昼頃家を出る。飯田橋の角川某ビルにて某ホラー作家さんに取材。実はこの方にはつい先日もお会いしたばかりなのだが、別の媒体でも取材してほしいという依頼があり、「わたしでいいのですか?他のライターさんの方がいいのでは?」と思ったのだけど、わたしでいいですよとのことだったので、取材してきたわけである。幸い前回とはまた違った角度で、面白いお話が聞けたと思います。

その前の日、火曜日についてはいろいろあったから項目をあらてめて書く。その前日とか先週もあっちこっち出かけていたのであり、すでに記憶が混ざってしまっておぼろであるが、追々書きますのでお待ちください。あ、あと昨日は取材の帰り、池袋のジュンク堂と三省堂を覗いて、発売日の「十二国記」コーナーを拝観してくる。どちらも大きく展開しているけど、三省堂はグッズコーナーも含めて、より大規模展開という印象。ついでに文庫棚をチェックしたら私のアンソロ『逃げられない』『こんなはずじゃない』がもう並んでいた。早いなー。25日発売だぞ。取材した某ホラー作家さんからも「牧野修さんの『おもひで女』と並ぶことができて嬉しい」と言ってもらえて、そうそう、「おもひで女、いいですよねー」と思った。

2026年9月9日水曜日

怪老人日乗:9月9日(水)

水曜日である。水曜どうでしょう。木曜内臓がもげるでしょう。ところでわたしは北海道出身なのですが水曜どうでしょうって見たことがないんです。大泉洋が有名になったのは私が地元を離れてからで、北海道出身のスターと聞いても「そうなのか」と後で納得する感じなのですね。北海道出身者として昔から有名なのは松山千春、中島みゆきあたりでしょうか。マンガ家だと山岸凉子、大和和紀がいて、文筆業者だと京極夏彦さんがいる。水曜どうでしょう。木曜内臓がもげるでしょう。

というわけで日記をつける。月曜日、火曜日と雨が降っている。線状降水帯というやつだ。比較的新しい言葉なのかうちのパソコンでは変換されないぞ。それであっちこっちで局地的豪雨が発生し、7日月曜日は学校が休みになるなんて地区も出て、って話は前回の日記でも書きましたね。その日は大した雨じゃなかったのだが、むしろ昨日の火曜日のほうが雨だったかなあ。今日も降ったりやんだり。

月火と自宅で仕事。どこか行ったかといえば行っていないですね。しかしYouTubeを見ながらの運動は続けているので、まあそれなりに身体は動かしているはず。一日一時間。ビリー隊長は英語で何か励ましてくれるのだが、こちらのヒアリング能力が低いせいで、いまいち何を言っているのか分からない。原稿やっているけど進まず。

今日は取材で午前から家を出る。神保町の集英社にて神永学さんと上條一輝さんの対談に立ち会い&取材。司会進行をするまでもない感じで、お二人の会話は盛りあがっていた。取材後、小説すばるの編集Sさんと打ち合わせ。近くある別の取材の内容について。それが終わって15時前。古本屋一軒だけ覗いて帰る。昔のホラーを2冊買った。手には取ったがつまんなそうだなと買わずに置いてきた本、いまネットで見たら数万円くらいで取り引きされており、買った方がよかったかとも思うけれども、すぐ読まない本に500円払うのも無駄なことなので、よしてよかったと思う。わたしはこういうところ、コレクター気質じゃないなあ。まあなるたけ物を集めないで、山寺の和尚のように暮らしたいと思うのである(でも必要あって買ってしまう)。

なんだか暑い日で、前々から言っているとおり暑い寒いについてはあまり書きたくはないのだが、それでも暑い日だったので、疲れてしまって帰宅してどよーんとする。原稿やらねばならない。お夕飯たべて、お風呂に軽くはいって、この日記をつけているという次第なのである。超面白いギャグのようなことが今日の日記にはなかったですが、まあそういう日もある。赤ちゃんの歩いている姿でも見てくれ。てくてくてくてくてく……。

そういえば火曜日には『バックルームズ』を観に行ったのだった。それについては後日また書く。

2026年9月7日月曜日

怪老人日乗:9月7日(月)

今日は関東地方大雨で、早々に休校を決めた区もあるという。……のだが今のところ降っていませんね。昨日の晩はそれなりに降っていたようだが、今はお日様が差している。差しまくっている。差されまくったみみずが、「たすけてくれ-」と言っている。それを見ていたカラスが「みみずが困っているぞ、助けてあげよう」と言っている。そんな朝なのであるが、わたしは今朝も運動をする。このところ1日1時間は運動していてえらい。恥ずかしくないようにあらかじめ言っておくと、私は三日坊主の生まれ変わりだから、この習慣もぜったい続かない。それなりに痩せて効果が感じられたら、すぐにやめるだろう。そういうものなのだ……。

んで。昨日はですね、そんなわけで運動をしたりしつつ、次で休刊するダ・ヴィンチの原稿書く。いよいよ最後のインタビュー記事である。多くの人に取材してきたが、最終回は澤村伊智さんとなった。若干スケジュール的に厳しかったのだが(取材日は別の取材が入っていて、はしごとなった)それでも最後が澤村さんなら受けるしかない。と思って新作についてお話をうかがってきたのである。ダ・ヴィンチという雑誌、怪談&ホラーの普及に大きな貢献があったのは、『日本ホラー小説史』にもすこし記したとおりだが、創刊から現在まで折に触れてホラー特集を組んでおり、私のようなライターが同誌に関わる機会が多かったのも、ダ・ヴィンチ編集部がホラーフレンドリーだったからである。今後こうした雑誌は出てくるのだろうか。ホラーとうのはいまだにきわもの、季節ものの感じがあり、小説誌で特集が組まれるにしても夏場の一度きりである。それを変えてくれるような、カジュアルに、べろべろと電柱を舐めるかのように、ホラーの特集を組んでくれる大手メディアが現れたらいいのだが……。

ということを考えながら、いや、それは今考えたんだけど、そういうことを考えながら、原稿を書いていたのである。合間に上條一輝さんの『ゴーストの継承』プルーフを読む。これまでの話を思いっきり踏まえた正面突破の完結編だ。6割方まで読んで、続きは明日。面白いぞ。

昨日は終日雨で、それでもあっちこっち出歩いていた気がする。といってもコーヒー豆を買いにいくとか、最寄りのスーパーに行くとかだけれども。中央線沿いに住んでいた時は、これに古本屋に行くとかが加わったんだけど、今の最寄り駅はブックオフを含めて古書店がない。それでも新刊書店があるだけいいのだろう。大事にしよう。

週末で『ドールハウス』観る。とても評判のいい映画で期待していたが、私にはどうにもいろいろ雑に思えた。『ウォーターボーイズ』の監督だし人間ドラマの部分がしっかりしているのだろうと思っていたのだけど、むしろそっち方面が雑でびっくり。じゃあホラーとしてがんばっているのかといえば、非ホラーの監督としてはがんばっているのかもしれないが、ジャンル映画的には既視感の多い映像だし、後半、人形師の娘の怨霊が取り憑いた生き人形、という来歴が明らかになった後も、人形ホラーとして大いにありきたりの展開となり、子どもの書いた首つりの不気味な絵とか、これまで100回くらいホラー映画で観たことのあるビジュアルだし、お炊き上げの僧侶が死ぬとか、「これはうちでは扱えない」と言われるとか、そのあたりも手垢がついた感じ。後半出てくる霊能者(会社員的な風貌だけど、実は凄腕の神主)が出てくるものの、足にクギが刺さってあっさり退場するとか、うまく要素を生かせていないのも気になる。あのバッドエンドもサプライズというより無理やりでしょう。無理してジャンルホラー感を出さず、子を亡くした母親の喪失感とか、そっちに重きを置いたらよかったのではないか。登場人物の感情曲線がぐじゃぐじゃで、全体にちぐはぐさが目立つ映画である(好きな人がいたらごめんなさい)。長澤まさみはとってもきれいでした。

2026年9月5日土曜日

怪老人日乗:9月5日(土)

土曜日がやってきた。ところで最近よく寝ている。以前は4時間とか5時間睡眠だったのだけど、最近は6、7時間寝ている。そうするとやっぱり元気なわけで、寝るのは大事だなあと思った次第であります。でも今も〆切がないわけじゃないから、別に暇になってよく寝ているわけではない。単純に寝ちゃうのだ。11時くらいになると眠くなるのである。昔はありがちな話だが昼夜逆転生活だったのに、いまは11時に寝て5時とか6時に起きるという健康優良生活である。無印良品生活である。通販生活である。骸骨生活である。あばばばば。

ええとねえ、日記をつけるよ。でも昨日もそんなに事件は起きなかったんだよなあ。午前中はあわてて原稿ひとつ書く。その前にビリー隊長の運動を30分する。ビリー隊長については前々回の怪老人日乗を読んでください。しかしビリー隊長はどの時代を見ても顔が同じだなあ。当たり前か。顔が変わったらホラーか。

そして「ダ・ヴィンチ」用の原稿ひとつ書く。最終号ですすめたい本みたいな企画だが、気負っても仕方がないので(1冊を選ぶのは難しい)ふつうに最近読んで面白かったホラーをあげてみた。新刊をあげるほうが「ダ・ヴィンチ」らしいかなとも思う。午後はテープ起こしをする。これも「ダ・ヴィンチ」最終号用。あと急ぎのものとしてはアンソロジーと書評があるのだが、それも土日になんとかしたいなあ。

新たな書籍書き下ろしのために打ち合わせも2件入る。本を書くのはしんどいし、大変なのだが、去年から今年にかけて3冊書いてみて世の中への広がり方みたいなことを考えると、やる価値はあるなと思った。現代ホラーの歴史についてはこれまで雑誌でさんざん書いてきたという思いがあり、『ホラ100』に書いた評論「現代ホラーの新しい波」についても、過去の原稿の総まとめ的な側面があったりするのだが、しかし本の形にして残しておくのは大事であるような気もする。雑誌と書籍では参照のしやすさで大きな差があるのである。本なら電子書籍ですぐに買えるし、大きめな図書館に行けば読めるからね。

10月は函館に帰省することになりそう。長らく帰っていない(2年以上)から今回は5日くらい帰ろうかな。昔住んでいた町をぶらぶらしてみたい。うちは市内で一度引っ越していて、当時住んでいた借家がずっとそのまま建っていたのだけど、今はどうなっているかなあ。さすがに取り壊されちゃったかしら。

そうそう、「ダ・ヴィンチ」といえば「本棚探偵」に取材していただいた最新号が届く。自宅に来ていただいてじっくり仕事部屋&書庫を見てもらい、本との関わりについてもインタビューしてもらった。当日かなり散漫にしゃべってしまった記憶があるのだが、野末友岐子さんのまとめでとても分かりやすい記事になっていた。松島由林さんのイラストもすばらしく、私がもっとも影響を受けた『現代怪奇小説集』や、子どもの頃の愛読書である松谷みよ子『ジャムねこさん』などもイラストになって掲載されている。感激である。






2026年9月4日金曜日

怪老人日乗:9月4日(金)

いま思わず「怪老人日乗:9月15日」とタイトルを書いてしまった。フロイトによればこういう間違いにも無意識の働きがあるので、わたしは今日が15日であればいいと思って……るわけはないね。15日に何があるんだ。買った覚えのないゾイドでも届くのか?

というわけで仕切り直して4日の日記です。日記をねえ、パンに挟んでねえ、食べると美味しいらしいよ。またへんなことを書いてしまった。この日記誰が読んでいるんだろう。「読んでるよ」というナイスガイ、ナイスレイディに出会ったことがない。おそらく読んだはしからおかしくなって、滝壺に沈んでいったのだろう。10年くらい寝かせるといい味が出て、滝壺酒ができあがるらしい。それを回収してキオスクで売る。売りさばく……。

というくらいのものだから読者は誰もいないのだが、毎日カウンターだけは10くらい回るのである。車井戸はなぜ軋る、と書いたのは横溝正史だが、カウンターはなぜ回る、である。カウンターがまわるといってもバーにあるカウンターが回るわけではない。昔交通会館の上にあったレストランがぐるぐる回ったそうだけど、映像で見ると楽しそうと思うものの、酔わないのかなあと心配になりますね。ラッコなら大丈夫か(根拠なし)。

さて昨日は何をしていたかといえば朝起きてご飯食べ、コーヒー淹れてまたビリー隊長やる。昨日は初期のビリーだ。アメリカ人に囲まれてビリー隊長が叫んでいる。30分くらいやって気持ちがさっぱりしたところで原稿続き。メールがたくさん来ているからお返事する。新規の仕事もあり、解説の依頼などもある。「ダ・ヴィンチ」が次の号で休刊してしまうので仕事が減って暇になるなあと心配していたのだが、拾う神ありでここしばらくは大丈夫そうである。

インタビュー原稿、昼頃送って続いて別のやつをやる。それは夜中までかかりお夕飯挟んで23時まで仕事。合間に『東海道おばけ道中』YouTubeで無料公開されているので見る。おとうちゃーん、という感動映画。キュートでポップな『妖怪大戦争』に比べて、こちらはおばけが怖い。霧の中から浮かび上がる異形の妖怪たちはほとんどジョン・カーペンターの世界だ。

2日前に注文したパソコンがもう届く。早いなあ。しかし今のパソコン、春先には挙動不審だったのだが今はすっかり元気とやる気を取り戻しており、すぐに交換する必要を感じないのでしばらくは箱に寝かせておこう。大人ってダメね……。

2026年9月3日木曜日

怪老人日乗:9月3日(水)

うーんと、木曜日の朝である。朝というか明け方である。昨日は終日家にいたな。あ、ほんとに家から出なかったかもしらん。そういうことって、あるんですねえ。むしろひとり暮らしをしていた若者時代の方が、スーパーとか銭湯とかに出かけたから、暇なら暇なりに外出していたかもしれない。今はごはんは家で食べるし、仕事は家だから、用事がないかぎり外には出ないで済むのだ。

これって運動不足になるよなあ、と思ってここ数日は運動をしている。昔は動画を見ながらヨガをしていてその時は健康的だったのだけれども、2025年に多忙な時期があり、それで運動習慣がまったくなくなって今日にいたる。まずいと思ってまた動画を見て運動している。今回はヨガではなくてビリー隊長のブートキャンプだ。懐かしいですね、25年くらい前だろうか、世間は空前のビリー隊長ブームに沸いたのである。ビリー隊長はよく知らないアメリカ人だが、元軍人なのだろう。ミリタリーの格好をしてかけ声をかけてきつい運動をさせるというDVD(当時は動画配信がなかったから)がヒットしたのだ。

で懐かしいそれをYouTubeで見ながら、って当時はやっていなかったので別に懐かしくもないのだが、ビリー隊長が自己啓発っぽいことを言いながら(このキャンプは君の人生を変える!信じろ!みたいな)、アメリカの人達と運動するのにあわせて動いているのである。これが結構疲れて、有酸素運動でいい感じである。痩せるかなあ。

ところでビリー隊長、今は何をしているのかと思いきや日本向けにYouTubeチャンネルをやっていて、「モット!」「ヒダリ!」と日本語で叫んでいる。もうミリタリー推しのルックスではないようだ。ボクシングっぽい動きもしていない。「押忍」とか言ってて完全に日本人がお客さんになってる。フリーランスが生き残るって大変だなあ、と若干しみじみしながら、今日もブートキャンプをするのである。朝夕30分ずつくらいやってて、汗をかいていい感じだ。

昨日はインタビュー原稿書き、仕事のメールいくつかやりとり。原稿は夜までやって終わらず、今から続きをやる。昼には終わらせたい。


2026年9月2日水曜日

怪老人日乗:9月2日(水)

文章仕事をするうえでAIは一切使っていない。唐突に何を言うのかと思ったかもしられないが、そういう内容をXに投稿しようとしたのですが、なんかあっちはいろんな意見が飛んできそうなのでブログに書いているわけなんですけれども。効率をあげるためには一部AIを使うのもアリだと思うんですよねえ。そこは使ってないから何とも言えないんですが、しかし私はインタビューのテープ起こしから構成作り、本文まとめ、リード文、見出しまで全部人力で考えております。

考えているからそれだけ時間はかかるわけで、やっぱり効率を考えると一部AIに……ってなる気持ちも分かるんですけども、それはやったら堕落するのが早い気がするなあ。もうこれでいいや、ってなるのはあっという間な気がする。だからなるべく使わない。別段非効率的な作業が尊いと思っているわけではないし(むしろずぼらだから効率的なのは好き)、アナログ至上主義ってわけでもないんですけど、文章を書くという作業、とりわけわたしがやっているようなタイプの文章についてはAIは使わない方が面白いような気がするんですよねえ。

インタビュー記事ってのは割と生っぽい作業ですから、テープ起こしから構成作り、本文書きまですべての工程にわたしの判断が入りこんでくるわけで、そのいちいち入ってくる判断のノイズみたいなところが味になっているというか、大事なところのような気がしていたりもします。まあ他人からは「どっちでもいいよ」的な部分かもしれず、そうでなければいいなあと思っているわけなんですけども、自分にとってその微妙な差は大事で、そのなんか違うというところにこそ文章書きのアイデンティティがあるような気もします。まあ分からないけどねえ。少なくとも自分にとって楽しいのは今のやり方で、大変だけど、楽を取ってしまうとクオリティを二の次にしてしまいそうな気もするのですよね。というわけで当分AIは使わないでしょう。

あ、なんでAIのことを考えたか思い出した。昨日パソコンを買ったんだった。ノートパソコンの挙動がどうもおかしくて、いよいよ買わないといけないかあ、と。でもパソコンのことはよく分からないわけである。文章が書ければ基本いいのだけど動画編集もするだろうから、そこそこ機能がしっかりしていた方がいい。というわけで今使っているThinkPadの後継機で、同じようなクラスで動画もいじれるやつをAIに教えてもらう。これが非常に便利だった。向こうだって詳しいわけじゃない、ネット上のあれこれを検索して教えてくれているだけなのだが、自力で検索するよりずっと早くそれらしい答えを見つけ出してくれるので、こういう時はAIに頼るのもいいかもと思ったのでした。

さて前置きがめっちゃ長くなったけれども日記つけ。もう9月が始まっているんだよねえ。9月1日は終日原稿書き、8月31日は昼から取材。某作家さんのところで新刊インタビュー。ワニ絵を誉めていただく。30日はそのためのゲラ読み。1000ページくらい本を読んでしまった。今年も早いものであと4か月。きりきり背中のネジをフルに巻いてがんばりたい。ラブポーションで妖艶にシャドウ。



『怪と幽』23号出ました。鈴木光司さん追悼企画に寄稿。持ち回りの書評欄にも登板しております。戦後の横溝正史は面白さがよく分からないので、この特集を読んで再入門したい。乱歩に比べて横溝の長編推理小説は圧倒的に「大人」であり、社会性があって人間が中心にいるので、どうにも入っていけないのである。今読むとまた違うかなあ。念のため言っておくと横溝のすべてが苦手というわけではなく戦前の怪奇小説、「面影双紙」「蔵の中」「舌」「かいやぐら物語」「鬼火」そして「髑髏検校」なんかは大変に好きなのだ。この頃の横溝は子どもっぽさがある。

2026年8月29日土曜日

怪老人日乗:8月29日(土)

どどーんと土曜日である。ああ土曜日……このコクと香りがたまらない。ずるずる。というわけで土曜日を舐めているのですが、そうしたら土曜日が「やめてくれよー」と逃げていきますので、こちらは「待ってくれよー」と追いかけ回すわけです。こうなると持久戦であります。

そのあいだに日記を書く。ええとですね、どこまで書いたんだっけ。火曜くらいまでかなあ。水曜日は久しぶりに何もなかった。何もなかったわけではないのだが、一日これという急ぎの仕事がなかった。ないわけではないのだが差し迫ってはいなかった。なんだか言い訳くさいな。というわけで電車に乗って本を読むデイに充てる。

私が住んでいるのは別に隠すことでもないので書くけれども西武線の某駅である。西武線というのはその名の通り、武蔵国の西を走っているわけで、まあ西に行けば行くほどどんどんのどかな景色になるわけだ。国木田独歩が『武蔵野』で小手指は古戦場である云々と書いているけれども、そういう昔ながらの景色がまだ残っているのである、と偉そうに言っているけれども古戦場を見たことはないから知らない。大昔のお侍に知り合いはいないのだ。ともあれ緑深いのどかな景色であって、そういうのを車窓ごしに眺めながら、ひたすら電車を乗り継いで、適当な駅で発作的に降りて、ご飯を食べたりお茶を飲んだりして、また電車に乗ってということをくり返す。

ちょうど1か月くらい前にもやった気がするが、最近忙しくて余裕がなかったので、またやりにいったわけ。本4冊持って出る。しかし2冊しか読めなかったな。まあそんなものか。あちこちで降りて、ここはどこだ?という迷子感を味わうのが楽しい。駅というのは似ているようで、どこも違う。でも地方の景色というのはどこか似通っているので、そのうち酩酊感が出てきて、分からなくなってくるのである。そのうち記憶が混ざってきて、後年本格的に「あれはどこの景色だったんだろう」と思い出せなくなるのだろうが、そこも含めて知らない駅を楽しんでいる。

夕方に帰宅。スマホも置いて出て、メールチェックもしなくていいので精神的にもだいぶ気楽である。やはり仕事から解放される時間というのは大切なのである、とロビンソン・クルーソーみたいなことを思った。いや、ロビンソン・クルーソーがそんなビジネス書みたいなことを言ったかどうかは知らないが……多分どこかで言っているんじゃないでしょうか……クルーソーって珍しい苗字だよね。日本語にしたら「狂うそう」だもの。危険な奴なのだ。

で木曜日は終日家で原稿書き、だったかな。BSテレ東『あの本、読みましたか?』の放送日であった。22時からだけどうちはBSが見られないのでリアタイせず、というかすでにTVerで見られるようになったし、番組スタッフの方からデータもいただいたのだが、いまだに見られていないのである。自分が出ている番組というのはどうにも気が重い。せっかく出させてもらったので報いるためにも見なければと思うのだけれども。これは文章にしてもそうで、自分が書いた雑誌というのはどうにもなかなか手が伸びない。難儀なものである。

金曜日はええと家族で外出。新宿に行っていた。お夕飯は遅くなったので近所のインドネパールカレーのお店に行く。初めて入ったのがここが美味しい店であった。小学生の間でもあそこはうまい、と評判になっているらしい。ってそんなことあるんだなー。帰宅して早めに休む。

で土曜日。午後から元ご近所さんの家に遊びにいく。なんと唐突にマンガ家デビューが決まったというのでお祝いをした。私とさほど歳が変わらないのに、唐突にマンガを書いて新人賞に送り、さらっとデビューしてしまったのだからすごいことである。子どもらが遊んでいる間にお茶しつつあれこれ話す。夜までお邪魔し、お夕飯ファミレスで一緒に食べて散会。帰宅してこの日記を書いているというわけ。そろそろ真面目に仕事しよう。夏休みの宿題を取りこぼしている小学生の気持ち。