月よう日~。というわけでこの日記をチェックしているあなたに送る月曜日の呪い通信である。これを読んだあなたは!今日!パンが目に入る!ハッピー!
ところで毎度言っているがこのブログを見て、わたしの連絡先を知った人はどんな気持ちがするのだろう。見なかったことにしてそっと閉じているいるのだろうが、だからといってパンはあなたを追いかけてくる。目に飛び込んでくるぜ。レーズンロールが。ぐいぐいと。
ええとですね、しばらく間が空きました。いやあ連休中はなんか仕事に追われていたっちゃねえ。一番苦労したのが文庫解説だ。解説は何度もやっているがあまり得意な方ではない。書きゃ書いたでいい感じで書けることもあるのだが、それまでが大変だ。脳が悪いので、原稿用紙10枚とか書いているといろんなところが割れそうになるのだ。そんなわけでひーこら言いながら書き上げたのが連休明けであった。結局12枚。全身がずたずたに割れた……。
それと相前後して大いに遅れていたコラム原稿も書いておくる。こっちは5枚くらい。ところでわたしの世代はまだ4000字詰め原稿用紙換算でものを言うので、どのくらい字数に換算したい人は400をかけるように。いまだに「何万字書いた」とか言われてもピンとこないのだ。わけがわからないのだ。わけがわかるように話してくれ!
金土日と引き続き仕事を。くぴぽ~。金曜日は打ち合わせがひとつあって高田馬場まで。何度か行ったことのあるルノアールである。ベテラン編集者の方(ホラーの金字塔を手がけたHさんである)と文春Aさん、フリー編集のSさんを交えて2時間ほど新しい仕事の打ち合わせ。この世代の方々はエンタメ小説の黄金期を知っておられるので、話をうかがっているだけで楽しい。Hさんには本来なら『日本ホラー小説史』の際に取材しておくべきであった。
んで、ふらふらと帰宅。池袋でちょっと洋服見るけど、夏服って何を着たらいいのか毎年分からないんだよなー。フレッドペリーのポロシャツが四半世紀ぶりに流行っているので、嬉しいといえば嬉しい。また着るかもしれない。でも5年くらい前のドクターマーチンの大流行みたいに、一過性のものとして消費されるのもなあ、という気もしてしまう。
土日もまあ家にいましたかね。それぞれ原稿1つずつ送る。一日に2つとか3つとか書くつもりでいても、結局がんばって1つがせいぜいである。まあ仕方ない。日曜日は母の日で外食。午前中に贈り物買いにちょっと店屋まで出る。録画した笑点見て早くに寝る。
で今日、朝の3時半にまた起きて原稿1本送信。さらにもう1本書かねばという感じである。明日は動画の撮影もしたいし、取材もあるので、なんだかんだで忙しないですねえ。しかし動画は強いられているわけじゃないので、やらないとのびのびになってしまう。無理にでもスケジュールを詰めた方がいいのであった。
なんか面白い日記を書きたいな。何かなかったかな。町の事件とか。不審者マンとか。いるとすれば私が不審者マンか。あ、お隣さんが昨日はシュークリームをくれました。あとは実家の犬が元気ないそうでちょっと心配である。それと、あ、これはいいニュースだな。サボテンの花が咲いたのだった。何年か前に一度赤い花が咲いたのだが、今回はなぜか黄色である。そんなことってあるのだろうか。
そういう感じで暮らしていたら昨日朝、鈴木光司さんの訃報に触れた。発表されたのは土曜の夜だったようだが(亡くなったのは金曜らしい)わたしは寝ていて気づいたのは翌朝である。鈴木光司さんとは何度もお仕事でご一緒し、昨年からは特に某企画でたびたびお目にかかっていた。取材のたびに2、3時間お話をうかがって、その明るくパワフルな生き方にいつも元気をいただいていたのである。人間パワースポットと呼ばれる鈴木さんは、まわりにいる人までハッピーにしてしまうような、生まれついての太陽のような人であった。取材ではs作品を支えている思考、鈴木さんの人生にこれまで以上に深く触れることができ、私としても学ぶところが大きかった。
そしてこの4月には『このホラーがすごい!2026年版』の取材でお目にかかっている。去年の打ち合わせで「リングが35周年だから特集をしよう」と言ったのは私で、鈴木さんのインタビューが掲載できるということになり、担当編集のUさんと鈴木さんが仕事場にしている品川のホテルのラウンジで(いつもの窓際の席だ)1時間半ほどお話をうかがったのである。そのときは『リング』特集だったのでデビューの経緯をあらためて、そして増殖しつづける貞子についてどう感じているかも率直にうかがった。
個人的には『貞子3D』とか『貞子3D2』とかさすがにやりすぎなのでは?と思っていたのだが、鈴木さんご本人は喜んでおられる様子で、「若い人が楽しむ映画だからいいと思う」とおっしゃっていた。「貞子はうちの長女だから」という発言も印象的で、「リングシリーズはもう書かない」とおっしゃっていたが、貞子がたくさん出てきてダンスをするのが見たい、貞子常設劇場をどこかに作りたいと楽しい夢を語ってくださってもいた。もちろん『ユビキタス』の構想もうかがっている。
そんなわけだから突然の訃報に大いに驚き、ショックを受けた。正直いまでもまだ信じられない思いでいる。『このホラーがすごい!』のインタビューがおそらく生前最後のインタビューとなってしまった。そんなことは私も編集者も鈴木さんも、誰一人想像していなかったはずである。インタビューの後、そんなことは滅多にしないのだが持参した『リング』初刊本を挟んでツーショット写真を撮っていただいた。後にも先にも鈴木さんと一緒に写った写真はこれだけである。なんだかいまだに信じられない。去年の角川ホラーカーニバルの楽しいスピーチとか、取材でお会いしたら肌が真っ黒で「おう、カリブ海で焼いてきたんだよ」とにこっと笑ったお顔とか、いろんなことが思い出される。








