2026年10月16日金曜日

怪老人日乗:10月16日(金)眼球編

ぴょっぴょっぴょと笑い声が聞こえております。草むらの中からです。誰が笑っているのでしょうか。おーっと、ウサギでありましたー。というわけで適当に書き出したけれども、こういう文体に既視感があると思ったらあれだ、小池壮彦の「ドールハウス」だ。わたしが『家が呼ぶ』というアンソロジーに採録したのでぜひ読んでみていただきたい。「ならばなぜ!ならばなぜなの!」という絶妙にヘンで記憶に残るフレーズがある。

ところでニュースを読んでいたら、というかXを見たらそういう記事が流れてきたのだが、いま警察にいたずら電話をかけて「少林寺!」と叫ぶのがはやっているそうだ。今日のニュースでは三重県で「少林寺!」と交番のテーブル上で踊り騒いだ若者がいたそうで、逮捕されたという。そりゃそうだ。そこで「ああ、素晴らしい舞いでしたよ。感動しました」という警察官はいないだろう。多分いない。いるかもしれない。まあちょっと覚悟はしておいてほしいが、最近ではいないだろう。

警察からしたらいい迷惑な流行だろうが、私はこれがちょっと面白い。どこから流行ったのかが分からないという。TikTok由来だという話だが、そもそもどうして少林寺なのかも不明だという。これは幕末のエエジャナイカとか、戦時中のくだんにまつわる流言飛語とか、口さけ女の都市伝説とか、そういったものを思い起こさせる。後年、2026年という時代をふり返ったときに、この少林寺ブームはなんらかの社会的な意味を見出されることになるのではないか。少なくとも私にはそんな現象のように思われる。私がユングなら深い意味を見出すところだが……ユングどころか湯上がりのカエル人間のような眠気だから、いまは何も考えられない。

さて、日記を付ける。今日は一日家にいた。帰省の疲れが出てどうにもだらだらしてしまい、頭に身が入らない。頭に身が入らないっていうのはおかしな表現だが、言い直す元気もないくらい眠いのだった。でも仕事をする。メールを戻したり、インタビュー記事の修正を入れたり、たくさん届いていた封筒を開封したりする。締め切りもあるが、土日でなんとかするから許してくださいの気持ちである。

岡崎武志『読書の腕前』(光文社新書)読んだ。正直「買ってもすぐには読まないだろうな」と思いつつ函館の古本屋で買ったのだが、ちょっと読み始めてみたらこれが面白くて、つるりつるりと釣り込まれるように最後まで読んでしまった。もっと実用っぽい本をイメージしていたが、全然違った。もっと渋くて、個人的な本だった。ずっと本を読んできたという岡崎武志さんがなぜ本を読むのか、本を読んだら何かいいことがあるのか、といったあたりの話から始めて、本の買い方、整理の仕方などを綴った本である。後半にある岡崎さんと本のつきあいを語ったパートがとてもいい。十代で父を亡くした岡崎さんが、庄野潤三を読んでふいに落涙するところとか、ぐっときてしまった。

岡崎さんは読めば読むほど知らないことが増え、読みたい本が増えるというようなことを言っているとおり、何でも読む人だが、小説は日本の純文学がメインのようだ。そこは怪奇系、エンターテインメント系ばかり追ってきた私とはちょっと違う。しかしこの本を読んでいて、岡崎さんと私の意外な共通点に気づいたのだった。岡崎さんは私の20歳上である。そしてこの本は20年ほど前に出ている。ということは、ちょうど今の私くらいの年齢でこの本を書いたということだ。しかも11歳のお子さんがいると書いていて、そこもうちとほぼ同じ。東京の多摩エリアに住んでいるのも一緒である。本の置き場にこまって家を購入して、地下室を書庫にしているというあたりも、私のパターンとよく似ている。毎月書評の締め切りが10くらいあるというのも、まあ同じようなものであろう。

というわけで余計に興味深く読んだ。もっと言うと、自分の今とこれからを考えながら読んだのである。自分は怪奇の世界で生きているしそれは今後も変わらないのだが、この先どんな本を書いていくのかなあ、というようなことを考えたりもした。いい本でした。さっそく岡崎さんの別の本を注文してしまった。



怪老人日乗:10月16日(金)涅槃編

というわけで帰省日記のつづきを付けます。バブー。ところでいきなり脱線するのだが、私のなりすましアカウントが現れた。みんななりすまされているので私もそのうちには、と思っていたがついに来たという感じである。書いていることを覗いてみると、まあ普通のことしか書いていない、というか機械があっちこっちから適当に拾ってきて投稿した文章なのだろう。人格に統一性がない。ジムでダンベルを上げたり、同僚としゃべったりしている。こんな人間が存在するわけがない。

今みたらもう凍結されていた。通報してくださった皆さんのおかげである。しかしXの投稿、いつも私は意味のわからないことばかり書いていて、それが個性というか、偽物との違いを見分けるポイントになるのだから、何が幸いするか分からない。「こんなにまともな投稿をするのは本物のわけがない」というロジックで、どうにもこうにもブルドッグである。

さて帰省日記の続き。浪月堂で『私は呪われている』を買った後、電車に乗って五稜郭まで。と思ったのであるが、面倒になってきて歩くことにした。昔は柏木町から五稜郭、遠いなーと思っていたのだけれども2、30分くらいである。東京で暮らして歩く習慣ができたのもあるし、大人になって距離感が縮んだというのもある。ともあれ歩いてみようと思った。柏木町から五稜郭、というか繁華街の本町ですね、までは耳鼻科に行くためによく通った道である。わたしは中耳炎の持病があって、吸入したりするために耳鼻科に週何回か通っていたのであった。低学年の頃は母親と行き、10歳くらいからは一人で自転車で通った。小さい頃は帰りに電車通り沿いの商店で20円のがガチャガチャを買ってもらうのが楽しみだった。その昔ガチャガチャの定価は100円であったけれど、安価な(どこか偽物くさい)20円のガチャガチャもあったのです。

そのようなことを思い出しながら五稜郭まで歩く。このあたりも通学路であり、高校の圏内でもあるので見慣れた景色だ。遺愛高校という女子高校が電車通り沿いにあるけれども、ここは『夢野久作の少女地獄』という映画のロケ地だったりする。あの映画、全編函館ロケで(原作は「少女地獄 火星の女」)初めて見たときはびっくりしたものだった。市電の運転席に上半身裸の女性が乗っているのだ。確か。

五稜郭にきたら丸井今井に行く。市民がいうところの「丸井さん」で有名な地元百貨店である。子供の頃、親が買い物するといえば丸井さんか西武で、どちらにも本屋があったので、買い物している間立ち読みして待っていた。そしていつも1冊本を買ってもらって帰った。そういうことを思い出しながら丸井さんの本屋に行く。今は栄好堂という書店が入っているようだ。行ってみるとこれが立派な書店で、ちょっとしたジュンク堂くらいの規模がある。漫画も文庫も単行本も多く、翻訳ものもしっかり取りそろえており、人文書も多い。函館出身作家コーナーがあって、わたしの『日本ホラー小説史』『現代ホラー小説を知るための100冊』も積んでくれていた。ありがたいことなり。レジの方に許可を得て撮影する。




せっかくだからもうちょっと散歩して帰ろう。高校(函館中部高校)のあった方に歩き、電車通りの店並みを眺めた後、中央病院前から電車に乗る。さすがにちょっとくたびれた。函館駅前を越えて十字街まで。このあたりはいわゆるみんなが想像する函館で、教会があったり海があったりレンガ作りの倉庫があったり函館山ロープウェイがあったりというエリアになるのだが、私の実家は観光地と遠いので、あまり普段の生活と繋がりはない。だから心理的な距離も遠く、函館に住んでいた18年間は初詣のときと、どこか遠方からお客が来たときくらいしか行かない土地だったのだが、あらためていってみると美しい街並みで、神戸や横浜ともやはり似ているのだけれども、そこに漁港感と寂れ感、錆び感が相まって、北国の潮風が吹きつける荒涼とした厳しさもあって、なんともいい感じである。




十字街には函館工芸舎という素敵なお店がある。器とか工芸品とかを扱っているセレクトショップで、とてもいいものが並んでいるのだ。そこで家族へのちょっとしたお土産を買い、Xのフォロワーさんに教えてもらった古本屋さん(庶暮書房)も覗いて、岡崎武志『読書の腕前』(光文社新書)を買う。せっかくここまできたら海を見てかえろう。西武地区、つまり赤レンガの倉庫があって海が見えるあたりまで歩いていき、目の前に広がる海にうわーっといい気持ちになった。以前はなかった新島襄のブロンズ像ができている。私は同志社大学出身なのであるが、函館に住んでいる頃は、ここから出国してアメリカに渡った新島襄のことなんて1ミリも意識していなかった。不思議なものである。




電車に乗って帰宅。父と母と肉じゃが、イカ刺しなど食べながら、日本ハムとソフトバンクの試合を見る。あり得ないミスの連続でチャンスをふいにしていたのが日ハムらしい。仕事しようかなあと思ったけれども疲れて10時すぎには寝てしまった。岡崎武志『読書の腕前』おもしろし。

そうこうしてたら東京に戻る日となる。午前中はトランクに荷物を詰めた後、近所を散歩。「ボンゴ豆」という北海道にしか売っていない豆菓子がある。落花生に衣をつけて甘辛くあげたような、まあ「でん六」とかに似たようなお菓子なのだが、ボンゴ豆は他にはない美味しさで、豆好きのわたしはこれに目がないのだ。でセイコーマートにあったはず、と思って歩く。最寄りのセイコーマートは昔通っていた中学校のそばにあり、これまたノスタルジーな散歩となった。ところでセイコーマートにボンゴ豆は見当たらず、昔は不良の巣窟だったタコ公園を眺めてただ帰る。

お昼頃、母に空港に送ってもらって今回の帰省は終了。実家の老犬は思ったより元気そうだったし、父もまだ仕事を続けているし、母もあれこれ充実していそうだ。不肖の長男としてはほっと一安心、なのであった。空港には離陸の3時間くらい前に着いてしまったので、ラーメンを食べたり、お土産をゆっくり選んだり、電源のあるテーブルで仕事をちょっとしたりする。空港に来るのはいつも出発ぎりぎりだから、こうやってのんびり過ごすのは珍しい。


怪老人日乗:10月16日(金)

さて眼球でも取り出すか……。というわけで函館から東京に戻ってきたのである。しばらく忙しい時間を忘れて、のんびりのびのび、脳髄を虚空に放り投げてきた。そのまま行方不明になってノー脳髄で生きているが、まあそれもよろしかろう。で日記を付けます。

ええとですね、帰省は4泊5日だった。月刊誌の仕事がなくなったので休みやすくなり、締め切りさえ調整できればこのくらい帰れるわけですね。で1日目は夜空港に着いただけでなにもせず。2日目は姉が東京に戻るというので空港まで送っていったのと、あとは散歩くらいか。うちの近所を1時間ほど、ぐるぐる歩き回った。工業高校の向かいにあった「べにや」というパン屋さんがチョコザップになっていた。チョコザップと貴金属買い取り店が増えているのは東京も函館も一緒である。お夕飯はコロッケとかトンカツとか。

3日目は仕事デイ。午前と午後、来客があるというので(母親の生け花教室)家を空ける。徒歩で五稜郭公園を抜け、市立中央図書館へ。前にも一度来たことがあるが、あらめて訪ねてみるととてもいい図書館である。函館市、文化的なものが若干弱いという面は否定できないのだが、この図書館はすばらしい。居心地がいい。作業スペースもたくさんあって、しかも空いているのがありがたい。東京だとどこに行っても席取り合戦で、あれはなかなかにつらいものである。ところでひとつ驚いたことがある。ミステリ作家の櫻田智也氏が同郷、しかも同年生まれでなんと高校まで一緒だというのだ。これは図書館に貼られていた講演会のポスターで知ったのだが、えっと思った。同年生まれで高校も一緒ならば、どこかで顔を合わせているはずだ。しかしポスターのお顔に覚えがない。後になって判明したところによると(櫻田氏とXで繋がることができた)早生まれで私より一学年上だそう。なるほど、しかし確実に同じ後者を歩いていたわけだ。当時の私は阿呆な顔をして、勉強もせずにセブンイレブンの蕎麦を食べたりしていたのである。




午前中、インタビュー記事をそれなりに書いて帰宅。お昼を家で食べて、午後もまた出かける。うちから五稜郭公園を抜けて図書館までいくと30分弱だろうか。それを2往復、しかもコースを行き帰り変えて歩いたので、なかなかにいい運動になった。それにしても五稜郭公園はいいところである。高校時代の通学路で、当時はなんとも思わずに自転車で通っていたけれども。




原稿それなりに目処がついて帰宅。その日の夕飯は友人夫妻と外食。なんと小学6年からの友人である。車で迎えにきてもらって和食を食べつつ、友人の奥さまを交えて近況あれこれ。スタバに移って夜10時近くまで、ホラー映画の話をたくさんした。彼とはずっとホラーの話をしているなあ。きっと今後もそうだろう。

で4日目はお昼、ラッキーピエロ。ラッキーピエロというのは函館のご当地バーガーで、テレビなどでもよく紹介されるからご存じの向きも多いだろう。混んでいる店は観光客でめちゃ混んでいるが、うちの近所の店は市民がいく店だからそうでもない。ぶらっと歩いて買いに行く。途中にあったブックオフ、帰省のたびに寄っていたのだがついに潰れてしまった。ブックオフが潰れるようでは出版業界も先行き暗いのではないか……と思う。チャイニーズチキンバーガーなどを買って、お昼に食べた。

午後は本格的に散歩へ。今回の帰省の目的のひとつといってもいい(もちろん両親や犬に会うというのが一番の目的だが)昔住んでいたあたりの散歩に行く。わたしは小学3年の途中まで、函館の柏木町という町に住んでいた。電車通りからほど近い便利な場所だったのだが、その一帯が今どうなっているのか気になっていたのだ。といっても大げさな話ではなく、今の実家から徒歩で20分くらいで行けるのだけど、まあ機会がなくて見に行けてなかったのである。で歩いていく。

これがまあ驚くほど変わっていなかった。というのもうちが借りていた(というか父の職場の借り上げ住宅だったのだが)家の一帯というのが、まるっと私有地なのである。家の前を通っている道も私道。だからいまだに舗装がされていない。住民や通行人は地主の土地を「通してもらっている」という感じなのだ。40年以上前からずっとそうで、今だにそうである。まあ今さら広い土地を切り売りするのも大変なのだろうが……とにかくワンブロックまるごと私有地であるために、昔とほとんど風景が変わっていないのだ。嬉しかった。魔法にかかって小学校にあがる前に戻ったようだった。


(ロシアを思わせる風景は健在)


よく言うことだが私は5歳前後がとても楽しかったのである。幼稚園でレオ・レオニの絵本を読んだり、避難訓練の滑り台で幼稚園の先生にどすんと踏み潰されたり、お遊戯会で「花笠三四郎」を踊ったり……そういう思い出が非常に濃密につまった家なので、家も土地もそっくりそのまま残っているこの一帯はタイムカプセルというか、アレハンドロ・ホドロフスキーの映画『リアリティのダンス』に出てくる路地みたいな感じなのである。私の魂は今でもこの土地に縛り付けられている。まあ別に私有地でなくとも、再開発されていない土地、生まれた時の家がそっくりそのまま残っている人は少なくないだろうし、京都とかそういう古い土地なら、当たり前にあることなのかもしれない。しかし万事移り変わりのはげしい北海道で、こういう場所に育つことができたのは、子供の頃の思い出にこだわっており、当時の楽しさを仕事や生活の糧にしている私にとっては、とてもありがたいことなのだった。

砂利道や借家の写真をばしゃばしゃ撮って、昔通っていた幼稚園も見て離脱。また来よう。そこからすぐそばにある浪月堂書店へ。ここは高校時代とか大学時代の帰省時、たまに覗いた古本屋である。棚がほこりっぽくて、本が整然と並んでいるというより、掘り出し物を見つけに行くという感じの店なのだが、まだ営業しているのが嬉しいし、ほこりっぽくてやや雑然とした感じも相変わらずで、それもまた嬉しい。昔に比べて本の知識はアップしているので、端から丹念に見る。読書論や文芸評論が結構多くて、郷土史やキリスト教系の本も多い。へえ、こんな品揃えだったのか、とあらためて眺める。紀田順一郎の本を2冊抜き出してレジに持っていった。レジのおじさんはパソコンでAIに朗読させた小説を聞きながら、レターパック発送の作業をしている。

さて浪月堂に寄ったら買いたい本があったのである。橘外男『私は呪われている』を「日本の古本屋」で検索すると、浪月堂がヒットして、しかも他の店よりもすこし安いのだ。状態を確かめてから買おうと思って、おじさんに声をかける。うーん、あると思うけど……と呟きながら奥の住居スペースへ探しにいった。在庫の管理は手書きのノートなどでおこなっているようである。数分経って本を持って出てくる。こちらが状態を調べていると「どれ、調べてあげるよ」とぱぱぱぱっとチェックして、うん、大丈夫、と頷いている。「あのー、ここに蔵書印が押してあるんですけど」と指摘すると、「ああそうか」と言って、買うならおまけするよというので4000円支払って購入した。「外男の本は高いんだよね、でも他の店よりは少し安いはずだよ」という。昔よく来たお店で、仕事とも関わりのふかい紀田順一郎と橘外男を買えたのも何かの縁だろう。







(この項つづく)


2026年10月15日木曜日

怪老人日乗:10月12日(月祝)

この日記を書いている私は今函館シティにいるのである。母が生け花とかをやっている部屋があり、そこに長テーブルがあるのだが、それを使ってパソコンを打っているわけである。変な文章だな。テーブルを使ってパソコンを打っているみたいだ。そんなことは可能なのか?不可能ではないとは思うが……というわけで帰省しました。今回は一人で帰省。家族を伴わずに帰るのは学生時代ぶりかもしれない。

というわけで昨日のことをふり返りますが、朝の4時くらいに起きて原稿。本当は徹夜のつもりで机でうとうとしていたのだが、こりゃアカンと思って布団に入り数時間だけ寝た。でガバリと起きてコラム原稿。これまでの難関が嘘のように消えて、するすると書ける。粘ってよかった。こうなるから原稿書きは面白いともいえるし、怖ろしいともいえる。体に悪いことだけは確かである。

コラム終わったのが朝の9時くらい。それからちゃちゃっと旅行の準備をしてトランクに荷物をつめる。お昼ご飯食べて出発、品川を目指す。鈴木光司さんをしのぶ会がちょうどこの日、品川プリンスホテルで開催されるのだった。鈴木さんは上京してからずっと港区に住んでおられて、仕事場もプリンスホテルのラウンジだった。だからここでしのぶ会が開催されるのはいかにもふさわしい。正しくはしのぶ会ではなく「鈴木光司壮行会~新しい海へ~」というのだ。会場に向かうとKADOKAWAの人たちが受付付近にいた。集英社の人もいる。知り合いの顔がちらほら見える。正面の祭壇には海で撮った鈴木さんの写真。壁際にはこれまで出版された著作がずらっと並べられ、テレビモニターからは過去の映像が流れている。松原タニシさんや中田秀夫監督など、ホラー関係のお知り合いもいた。お二人とちょっと話す。




会ではゆかりの方々のスピーチが順にあり、鈴木さんの奥さま、『リング』担当堀内さん、静岡県知事、ヨットのお仲間、中田監督、鈴木さんのご息女、京極夏彦さんはビデオメッセージで出演された。貞子も井戸から登場。粋な演出である。どのスピーチからも鈴木さんのお人柄が伝わってくる。過去の写真がスライドで流れたけれども、どの時期もまあ筋肉ムキムキだ。バイクに乗って、船に乗って、小説を書いて、ベストセラー作家となって、ご家族と世界中を旅して。やりたいことはすべてやりきった人生だったのではないだろうか。『ユビキタス』の続きが読めないのは淋しいけれども、そう思った。





娘さんのスピーチで、「父は作家になる前、幼いわたしを膝に載せてヨット雑誌を見ていた。私にもどれがほしいか丸をつけさせた」とおっしゃっていた。その当時、鈴木さんはヨットを買えるお金なんて当然なかったであろう(家もカビだらけだったと娘さんがおっしゃっていた)。しかしそれから何年かして、ベストセラー作家になって本当に船を手に入れてしまうのである。こういう作家はそういるものではない。

会の最後に鈴木さんのご長女とご挨拶。「父が家でよく朝宮さんの話をしていました」とおっしゃっていて、うーんとこみ上げてくるものがあった。私こそ鈴木さんとお会いするたびに元気を分けてもらっていたような気がする。ホラー方面、鈴木さんのようなタイプの人はおらず、じわっとふわっと魅力的な感じの方が多いのだが、鈴木さんだけはドーンと後光が差しているような明るさで、最初は気圧されたけれども、お会いするたびに「こっちも暗くなってちゃいけないな」という気持ちになるのだった。あらためてご冥福をお祈りします。




で会を終えて(帰りのエレベーターは中田秀夫監督と一緒だった)そのまま品川経由で羽田空港へ。単身函館帰省である。家族に空港まで迎えにきてもらい実家のごはん。たまたま姉と甥もきている。姉にオーストラリアのかっこいいお土産(ガイコツの絵の書いてあるコーヒー豆など)をもらった。まだ小6なのに姉の子に身長を抜かされてしまったよ。足腰が弱っていると聞いていた老犬ラックちゃんは意外に元気そうで安心した。犬はかわいいね。


2026年10月10日土曜日

怪老人日乗:10月10日(土)

快晴。さすがは体育の日である。小学校の運動会を見にいく。昔は一日がかりだったが(私らが子供の頃は)今は自分の子の出るところだけさらっと見に行けばいい感じになっている。というわけで10時まで仕事して、ゆるゆると見に行ったら子供の徒競走はもう終わっていた。ほっほっほ。組体操は最後なので見られた。太陽ギンギンで暑いくらいの日である。これからもう冬だろう、とすぐ暗いことを考える人間である。

昨日は一日家におりまして、原稿やっておりました。原稿圧縮作業は無事に終わって、午後はお待たせしているコラムの原稿書き。まとまるようなまとまらないような。通り一遍のことは書けるが、それでお茶を濁すのも面白くなしで、こういう迷いが生じるので原稿仕事というのは怖ろしい。早い人は迷わずに書くんだろうけどね。夜までやって脳が沸騰、でもどうにかなりそうな気はしてくるが……寝る。

『ダ・ヴィンチ』最後の号となる11月号とどく。20年といったら大げさだけどそれなりの年数関わった雑誌である。ここで出会った人も多く、書いた記事も数知れない。この雑誌でライターをしていたことがその後の書評家仕事の基盤になっているので、とても人生に大きな影響を与えた媒体である。メディアの語源はメディウム、媒体であるから、まあ元からそういうものなんだろうが、雑誌というのには人と人を繋げる場のような側面があって、それがなくなるのは淋しいことだ。WEBメディアとかだとなかなかこうはならない。

最終号には澤村伊智さん『靴と自転車』インタビュー、内藤了さん『TSUKIMONO 退魔師AKT』の書評、そして何でも好きに紹介していいよという欄に混ぜてもらったので尾八原ジュージさんの『予言のけもの』を紹介した。この雑誌ではホラーじゃない本を紹介する機会も多かったけれども、最後は3冊ともホラー。最後の方のページには雑誌作りに関わったスタッフの写真がばーっと掲載されている。私も混ざっているのでどこにいるか探してみてください。






2026年10月9日金曜日

怪老人日乗:10月9日(金)

ブログというのは誰が書いているのでしょうか。答えは……動物園のアライグマです!というわけで今日も日記を付ける。ブログというのはなんかこう昔は最新のツールだった気がするけれども、今はみんなnoteを使って書くんでしょう。noteは誰が書いているんだろう。高尾山のクマだろうか。そんな気もした。

昨日今日の日記を付ける。今は金曜日の朝10時である。なぜこんな時間に日記を付けているのかは、それは追々明らかになるであろう(ならないかもしれない)。

まず昨日は朝の3時に起きたのだった。原稿がいろいろあるでよ、アルデヨ火山と思って起きたのである。アルデヨ火山というのはカルデラ火山みたいなものであろう。誰も登ったことはない。でぼやぼやと頭を揉みながらコーヒーを淹れて飲む。原稿やる。やや遅れていたロングインタビュー原稿。まあこんなものだろうという構成は決まってるが、文章を整えるのに手間取る。AIがそのうちうまくやるようになるのだろうか。分からない。AIがそれらしいつるっとした文章を生成するようになると、むしろゴツゴツした、下手な文章のほうが希少価値を高めるかもしれないな。

ということを考えないままに、原稿を送ったのが朝の10時くらいであったか。そこから次の原稿、文庫解説の仕上げ。これも一旦最後までは書けているのだが、仕上げる時間がなかった。せっせと書き上げると夕方であった。まあ集中してやったのだ。のってかいたら原稿用紙15枚くらいになる。普通解説というのは8~10枚であり、なのだが私はついつい長くなるのだ。送ったらとてもいいけどページに収まらないです、とのお答え。そうだよねえ。紙も高いのだ、解説で本を分厚くして、値段を上げるわけにもいかない。しかし圧縮するのは朝にしようと思ってその日は寝たのである。

で今日。昨日は睡眠が短かったので今日は朝の7時まで寝てみた。調子はいいのか悪いのか。よく分からない。なんかむりやり満足感を得るために長く寝たという感じで、レストランで別に食べたくないけれど値段の高いメニューを無理やり頼む感じである。それでも体は休まったのだと思いたい。圧縮作業をやる。1000文字ほど削っていかがでしょうと送ったら、さらに5行削ってほしいと言われて、それもそうだな!と納得はしたのだけど、自分の文章をもう一回読むのは心理的に面倒な感じがあり、で日記を付けているのです。まあ待たせちゃまずいからこれを書いたら5行削ろう。

歯痛はロキソニン効果がまだ続いているのか、ほとんど痛みなし。これで土曜日まで持つだろう。しかしカロナールはまったく効かなかったな。もし悪人にピストルで撃たれたら絶対ロキソニンを飲もう。

吉井和哉さんが昨日で還暦だそうである。人間、誰しも年を取るものだと思うのだけど、吉井和哉みたいにずっとかっこいい人も珍しい。長髪がいつまでも似合う人も珍しい。体型も崩れてないし、すごいなーと思う。わしゃもう駄目だ。ネコのように布団で丸くなっている。





2026年10月8日木曜日

怪老人日乗:10月8日(木)禽獣編

今朝は3時に起きてしまった。原稿やらねばと思ってはたと目覚めたのである。わたしは昔から寝ぼすけでひどいものだったのだが、さすがに原稿仕事をするようになってからは、義務感とか焦燥感がまさるのか、暗いうちに目が覚める。

お仕事一緒している某社の編集さんが転居にともない退職、海外に移住されるという。この方とはアンソロジーをしましょうという話をしていたのだが、私がもたもたしていたせいでまだ本ができていない。そうしたら退職されてしまったので申し訳ない気持ち。仕事の 遅い自分が歯がゆい。こうして逃したご縁、チャンスはこれまでにも多々あるし、不義理したこともたびたび。外部スタッフとして編集は続けるそうだし、社内の窓口も後任として紹介してくれたので、アンソロジーはきちんと形にしてお返ししたいと思う。

さて昨日の日記をつけます。昨日は水曜日でしたね。ええとそんなわけで午前中原稿の続き。ところがである、朝方から歯が痛くってたまらなかった。先日歯医者に行き、抗生剤とカロナールを出してもらって呑んでいるのだが、まるっきり効きやしない。うーんうーんと思ってカロナールをいくつか続けて呑む。出してもらったのが200ミリグラムのやつだったので、ひとつじゃ効かないのかなと思ったのだが、一向に軽減する気配なし。

そもそも虫歯なのかどうなのかもよく分からない。おそらく親知らずとその手前の歯の間でどうにかこうにか喧嘩のような状態が起こっているのだが、その喧嘩のような状態のせいで、まわりの歯まで痛く感じられてきて、結局どこが痛いのかよく分からない。痛いのだけが確かだ。ずっと我慢してるんで心臓がどきどきしていて、なかなかに疲れる。痛みをこらえるというのは尿意をこらえるのに少し似ていて、うーんと唸ってみたり、手をぎゅっと握りしめたり、身体をもぞもぞよじったりするが、根本的にはどうしようもないのだ。耐えるしかない。

でそんななかでも外出せねばならぬ。美容院を予約していたのだった。電車で国分寺、いつもの美容院でパーマかけてもらう。美容師さんとはいつもいろんな話をするのだが、今回は野球の話、あとは「秋津駅と新秋津駅の間がミステリーゾーンって知ってますか?」と聞かれる。「それ有名な話ですよ、吉田悠軌さんなんかがよく話しています」と言ったら、美容師さんは吉田悠軌さんはピンときていなかったようなのだが、怪談動画をたくさん見ているので、「好井まさおの動画でこんな話を聞いた」と新秋津駅を出た人がモノクロの世界に迷いこんでしまった、みたいな話をしてくれた。ううむ。オカルト美容院だ。髪切って耳が出た。雨降って地固まるみたいだが。

へろへろと帰宅。どうにも痛みが去らず、美容師さんとの怪談トークにも身が入らなかったので、ドラッグストアに立ち寄ってロキソニンを買う。外でお昼を食べて、その場で服用。するとどうしたことでしょうか、しばらく経つとすーっと痛みが治まっていき、すっかり痛くなくなった。ロキソニンすごい。帰宅して原稿続き。お夕飯はしらす丼とか。痛さ疲れで11時前には寝たような気がする。



怪老人日乗:10月8日(木)

もっくもくの木曜日だよー。ってもう木曜日かいな。このあいだ月曜になったばかりじゃないの?彼は驚いているのであった。で火曜日、6日の日記を付ける。6日は取材日だったのであるが、急ぎの原稿あったので午前中はずっとそれをやる。うーん、終わらなかった。で身繕いして午後から神保町。某社にて新刊インタビュー。月村了衛さん。月村さんとお目にかかるのは集英社の『テロル』の取材以来数か月ぶりである。『機龍警察』もったいなくてまだ読めていないんですよー、とお伝えすると、「分かる、『魔界転生』の下巻を読んだらこの楽しさが終わってしまうと思って、読めなかったですから」と言ってくださった。私を怪奇幻想の人と認識してくださっているようで、ありがたい限りであった。

さて取材は無事終わり帰宅。神保町から地下鉄を乗り継いで帰ろうと思ったら、小竹向原でいつもと違うルートに入ってしまい、はたと目をあげたら地下鉄赤塚駅という表示が見えた。あわてて降りる。そして考えた。このまま引き返してもいいけど……。地下鉄赤塚というのは2008年に上京してから4年ほど住んだ町である。当時はまったくもってお金がなくて、どうやって生活していたのか謎なのだが、商店街のある町でそれなりに楽しくやっていた記憶もある。名物の大仏サブレーもあったし、ウォーズマンみたいに真っ黒な東京大仏も近所にあって、夜の散歩に行ったりもした。東日本大震災発生時に住んでいたのもここであるし、ミスタードーナツでバイトをしていたのもこの近くだ(成増店)。

というわけで滅多に来ることはないし、何かの縁を感じて駅を出た。秋なので夕方でももう外は暗い。駅を出て川越街道、大きいドラッグストアが見えてなんとなく記憶が戻ってくる。東武東上線の下赤塚駅のほうへ歩いていき、商店街を眺める。あいかわらず大仏を押している。しかし駅前の様子はさすがに10年も経つと変わっており、パンダビルは健在だったがビルに入っていた新刊書店はなくなっていたし、川越街道沿いのブックオフも消えていた。真っ黒いスープのラーメンを出す店もないし、安すぎてしばしばテレビに取りあげられるファッションセンターのとやも更地になっている。でも商店街の雰囲気は基本的に昔のままで、コロッケをよく買った「肉のさいとう」はきれいになって営業中。住んでいたマンションの角にあった小さな祠も残っている。このあたりまでくるとさすがに懐かしい感じがした。「ほええ」とカードキャプターさくらのように呟いて帰宅。懐かしい感じはしたが、そこまでおセンチになったわけでもない。何しろ同じ東京であるから、いつでも来ようと思えば来られるのだ。なんならまた探検に来よう。

わたしの東京遍歴を書いてみると赤塚から西荻窪に移って、次に国分寺、その後転居して今の家という流れであって、多摩地区の北西部をちょろちょろしている感じである。どの町も思い出深いのだが、もうちょっと自由がきくうちに東京の東側に住んでみたかったなあという気持ちもある。ほええ。

2026年10月6日火曜日

怪老人日乗:10月6日(火)

かっかっか、火曜日。ところで最近の一日の流れを紹介しますが、まあ起きますね。起きないとドラキュラだ。いや、ドラキュラでも起きるのか。わからない。ドラキュラのことなんてなにも知らない。で起きて朝ご飯を食べますね。たいていお米です。土日だけパンです。そういうルールなのです。で薬缶でお湯を沸かして、その間にコーヒー豆を挽いて、コーヒーを淹れます。朝ドラを見ている時期は8時から15分間朝ドラを見ます。今は見ている時期なので、見る。なんだこの悪文は。

それからのそのそと仕事を始めます。のそのそと働いているのだけどメールなども届くし、ゲラのチェックとかもあったり、前日書いた分の修正、新たな下書きなど、あっちこっちやってると働いている割に捗りませんね。でお昼になって、一人のときは一人でお昼を作って食べます。午後も仕事をしてですね、お夕飯を食べてお風呂に入るときもあるし、入らないときもあります。お風呂に入るとすべてがいい気持ちになって、「もうどうでもいいやあ……」という投げやりボーイズが結成されるので、危険なのですね。

で夜も11時くらいまで仕事。合間に運動。まあ真面目にやっているじゃないですか。そのくせ仕事が遅いのは、まあこれは地球の自転速度と、わたしの生きるペースが噛み合っていないのだとしか思えないね。寺山修司に『地球をしばらく止めてくれ云々』というタイトルの本がありますが、わたしも同じ思いですよ。地球を止めてくれたらすべての締めきりに間に合うのに……。寝て起きてまた仕事であります。

昨日はそんな感じで生きていたのだが、この一週間ほど以前治療した歯が痛くて、うーんうーんと夜中に目が覚めることなどあったのである。おばれうおばれうと藪の中から声がするのである。よく意味が分からないが、まあそんな感じでいやだなー、ご飯食べてても沁みるしなー、と思っていたのである。2週間後に歯医者さんの定期検診を予約をしていたのだが、そんなの待てない!と思って思い切って電話をかけて診てもらってきた。

前にも書いたかもしれないが、そして誰も覚えていないだろうからまた書くが、わたしは歯医者と美容院はしつこく前に住んでいた町(国分寺)に通い続けている。どっちも長年面倒みてもらっていて、話の通りが早いからだ。というわけで電車に乗って国分寺へ。いつもの先生に適切に治療してもらって、痛いのもなんとなく治った。単純なもので「うわー」と嬉しくなって、文字通り歯医者さんのドアから全力で駆けだしたのであった。車に轢かれなくてよかった。

あとは昨日は出版契約書を戻したり、インタビューの質問項目を作って送ったりしていた。これといって面白い事件はなし。子供と将棋を指したが、わたしはAIモードで何も考えずに一瞬で指すから、たちまちコマを取られて3度負けた。将棋は難しい。

2026年10月4日日曜日

怪老人日乗:10月4日(日)

「もし日曜日がきたらどうなるの?」「みんなよだれをいっぱい垂らして歩くことになるんだよ」というわけで日曜日がやってきました。朝から原稿。うーん、地味である。もっと派手に生きてみたかったが、急ぎの締めきりもあるし仕事をするのである。今日は手書きで文庫解説の下書き。昨日からの続きで10枚強。

昨日もほとんど家から出ずにこの解説をやっていたのと、ゲラ読み&本読みをしていたのだった。夕方、子供を習い事まで送る。待っている間、スーパーの飲食コーナーで原稿書き。結構さらさら進んで調子がよかった。進むと気分がよくてテンションも上がるが、進まないと本当に気分がふさぐ。モグラになりそうだ。モグラというのはああ見えてすばしっこいらしい。走る速さは時速三千里というから大したものだ。モグリンピックに出場したら優勝できるかもしれないが、モグリンピックには赤鬼、青鬼などの強豪が出場するので、なかなか厳しという説もある。モグラ新聞にそう書いてあった。

それ以外に何か書くべきことはあったかなあ。新しい仕事の話がちょっとくる。noteで何か連載をという話で、ありがたい。紙の媒体がなくなっていく中、新しいメディアに関わることができるのはありがたい話だ。がんばってどんどん書くぞ。

フリーライター、得意分野があった方がいいのか、ない方がいいのか問題というのが昔からある。「何でも書ける、フットワークの軽いライターです」というのが一頃は求められたと思うし、今も基本的にはそうであろうと思う。そっち方向を目指したこともあったが、能力がないし、興味も好奇心も薄いので、何でもかんでも取材するという書き手にはなれなかった。結果、こつこつとホラーのことを中心に書いてきて、そしたらホラーの専門家のような立ち位置になってしまっていたので、これはこれでありがたいことなのだが、逆にいうとホラー以外の仕事が来にくくなるということでもあり、諸刃の剣だ。たとえば「アカチバラチの取材をしてください」という依頼は来ないであろう。アカチバラチってなんだ。詳しい人がいるかどうかはしらないが、まあそういう制約はある。人は二つを選ぶことはできない。できるのは知らない人のお墓の前で側転することくらいである。ところでアカチバラチというのは藤子不二雄の『21エモン』に出てきた料理の名前です。こういう記憶だけはいいのだ。

今日の話に戻ると、お昼は子供と二人であった。その後自転車屋さんに行く。子供の自転車がひん曲がったので直してもらう。修理費はいらないという。ありがたい。手を合わせた。地蔵だったのかもしれない。自転車村の自転車地蔵さんやーい。なんじゃね、わしが自転車地蔵じゃ。シャリシャリシャリシャリ……。私は午後すこしまで仕事して、飯田橋に出る。編集部の片づけものがあったのだ。クリアボックス内の不要品をまとめて処分。これでもう飯田橋に来ることも取材以外ではないだろう。

お夕飯、お好み焼きだった。炭水化物をとったら眠くなるのだが、そしてもう寝てもいい気もしているのだが、毎晩そんなことを思って間に合わなくなっているので、今日はがんばろう。バーブー。