2017年10月7日土曜日
続・宇宙から来たツタンカーメン
例によってタイトルは意味なし。
人間椅子のニューアルバム『異次元からの咆哮』が届きました。
このジャケ、何かに似てるなー。何だっけかなー。
しばらく考えて分かりました。
そうだ、三上寛のベスト盤にそっくりなんだ。
両者とも青森出身で、ねぶたデザインだから当たり前なんだけどさ。
それにしても似てるなー。
ついでに言うとこれにも似てるなー。
青森のりんごジュースは味が濃くて好きです。
さて。
明日は渋谷のタワレコまで、開田裕治展を見に行ってまいります。
2017年10月2日月曜日
怪老人、中野杉並を跳梁す
近年は年齢とともに記憶力がめっきり衰えてきまして、今朝あったことも夕には思い出せない始末。これで書評家なぞ務まるのかしらん、と空恐ろしくなったりもしますが、そこはちびっこ空手初段を誇る怪老人。気合いでカバーするしかありますまい。
で。
今朝あったことも夕に忘れるくらいなので、昨日一昨日のことなど去年も同じです。忘れぬうちに日記を付けておきませう。
■怪老人、快獣に遭うこと。
9月最後の土曜日、快獣ブースカに遭うべく、一家で中野ブロードウェイへと出かけてきました。円谷プロが生んだ愛すべきキャラクターが、ブロードウェイの異色アパレルショップ「墓場の画廊」にやってくると知ったのは10日ほど前のこと。3歳になったばかりの息子・雪男(仮)は快獣ブースカの大ファンで、母親のDVDボックスをねだってよく再生してもらっています(ブースカが大ちゃんのために遊園地を作るエピソードがお気に入り)。これは往かねばなるまいよ、と朝から出かけてきたわけです。
正午過ぎ、「墓場の画廊」に着。すでに整理券とブースカグッズを求める人々でなかなかの混雑でしたが、無事に整理券をゲット。これがなければブースカと写真撮影ができないのです。
時間までブロードウェイ内を散策。みるみる特撮偏差値をあげてゆく息子に若干引き気味になりながら、おもちゃ屋をめぐります。14時からついに撮影会がスタート。整理番号順にシャッターを下ろした「墓場の画廊」店内に呼ばれまして、そこで愛らしいブースカ(意外にでかかった)の着ぐるみに対面! わたしも並んで写真を撮ってもらいました。その写真を見た人によれば、平素はムッと険しいわたしの表情も、何時になくほころんでいたということです。バラサ、バラサ。
(墓場の画廊にはブースカグッズがいっぱい)
■怪老人、夜道で経を誦すること。
10月初日の日曜日には、読まなくなった本を売るべく西荻窪の「古書音羽館」へ。先日のデニス・ホイートリー購入をきっかけに始めた書庫整理。海外文学などを中心に数十冊、処分することにしました。
スクーターの荷台に本をがっちりくくりつけ(荷崩れしたら悲惨)一路、西荻を目指します。国分寺の我が家から西荻までは、五日市街道を走って1時間ほど。気晴らしにはちょうどよい距離なのです。
本を査定してもらっている間、駅周辺の商店街をぶらぶら。
駅北口すぐの食料品店「喜久屋」で安くて美味しいノンオイルのレーズンを、和菓子の「喜多屋」では豆大福とどら焼きを購入。西荻は子供ができるまで住んでいた街で、楽しかった想い出がたくさんあり、いまだにこうして理由をつけて散歩に来てしまうのです。本の買取をいつも音羽館にお願いしてしまうのも(査定額がいいというのもあるけれど)、西荻に来ること自体が楽しいからなのですね。
独特のムードがある南口アーケードを歩いていたら、西荻名物の「ピンクの象」がすっかり新しくなっているのを発見。以前はゆるさ全開の張りぼて人形だったのに、こんなに立派になられていたとは……。
夕方には査定完了の連絡をいただき音羽館へ。受けとったお金を元手に、さっそく店内の棚を物色していたら、若い男性店員さんに声をかけられました。
「あのー、どうしてわざわざ国分寺から売りにこられるんでしょうか?」
店員さんが疑問に思うのはもっとも。国分寺にも古本屋さんはあるのに、紙袋2つ分の重たい荷物をはるばる運んでくる人物は、たしかに怪しいかもしれません。突然人から話しかけられることがあまりないので、かなりシドロモドロになりつつも、右のような事情を説明しました。納得してもらえたかしら。
往きは渋滞していた五日市街道も、日が落ちるとスムーズに流れます。運転しているとつい大声で歌いたくなるのが人情。当初は歌謡曲など歌っておりましたが、そのうち「般若心経」が案外、バイクのエンジン音とマッチするということに気づいて、玉川上水沿いの夜道を高らかに読経しながら走り抜けました。お坊さんの幽霊になったような気がして、楽しかったです。
というわけで。
一年でもっとも美しく、心躍る10月がスタートしたのでした。他の11箇月はともかく、この時期だけは元気です。
(喜多屋のどら焼きは初。生地がふわふわ、ウマい!)
2017年9月18日月曜日
魅惑のルート4126
秋休みをとって静岡の伊東温泉に行ってきた。
伊東にゆくならハトヤ。
というわけで、野坂昭如のコマーシャルソングでおなじみ、ハトヤに宿泊してきたのだ。
ハトヤは国鉄の伊東駅前から車で5分ほど。山すそに建つ巨大な温泉ホテルである。
往年のテレビCMが言うところの「近代建築の粋を集めたデラックスな」造りはほぼ当時のまま残されており、すなわち外観も内装も昭和レトロ感が満載。めくるめくタイムスリップ気分を味わえる。
とりわけフォトジェニックなのが、本館と別館をつなぐ渡り廊下であろう。ご覧のとおり、これはほとんど特撮映画のワープ場面で、嬉しくてつい何度も駆けまわってしまった。うわーい。
(外から見るとこんな感じ)
大浴場の帰りにちょっと人気のない廊下に足を踏み入れてみたりして、『シャイニング』ごっこを楽しむこともできた。誰もいない温泉ホテルの宴会場というのは、夜覗くとゾクゾクするものである。
温泉は熱くて気持ちがいいし、遊戯コーナーにはピンポン台があったし、可愛いハトグッズもたくさん売っているし、大満足のお宿でした。ぜひまた泊まりたい。
翌日は城ヶ崎海岸を見物。
長い吊り橋と灯台で有名な景勝地であるが、その橋が目に入ったとたん思わず「おやややや」と声をあげてしまった。
白石晃士監督に『オカルト』という作品がある。異界からの声に人生を左右された貧しいフリーター青年を、監督が密着取材で追いかけたフェイク・ドキュメンタリーの傑作だ。劇中で一連の出来事のきっかけとなったのが、観光地で起こった通り魔事件。そのロケ地がまさにここ、城ヶ崎海岸だったんですねえ。
(映画でおなじみの吊り橋)
吊り橋と岩場の位置関係、異様な気がするほど真っ青な海原など、ロケ地だから当たり前だが映画のとおりである。『オカルト』が大好きなわたしは大いに感動。
そういえば劇中では「妙ヶ崎海岸」と呼ばれていたので即座にピンときそうなものだが、地球の地理に疎いわたしは現地に行くまで気づかなかったのである。
吊り橋ではもちろん「江野祥平ごっっこ」をして遊びました。白石くん、奇跡やで。
続いて伊豆シャボテン公園まで。
この公園はなぜかマヤ・アステカ文明遺跡のレプリカをいっぱい展示しており、『ムー』っぽい雰囲気でにわかにテンションがあがる。
各国のサボテンをたくさん観賞できるほか、カピバラやカンガルーに餌をあげたり、利口な動物のショーを見たり、リスザルのいる島にボートで上陸できたり、ゴーカートに乗れたりし、レストランにはサボテンカレーなんていうメニューもあったりして、大人も子どもも一日楽しめる。もちろん『ムー』は読んでいなくとも大丈夫だ。
で。ふと遠くに目をやるとそこに……ヒドラがいた。
そうだ。
伊豆大室山といえば『ウルトラマン』第20話「恐怖のルート87」の舞台。科特隊のメンバーが大室山をリフトで登るシーンがあったけれど、作中に出てくる高原竜ヒドラの像は、ここシャボテン公園で撮られていたのである。これまた現物を見るまで気がつかず。
像の中はトンネルになっていて、エピソードを紹介するパネルが貼られていました。
というわけで。
妙にホラーや特撮やオカルトにつきまとわれた小旅行であったが、いちばん驚いたのは今回借りたレンタカーに「MDデッキ」がついていたこと、であろうか。
無念!知っていたらMDをいっぱい持参したのに。
(シャボテン公園で作った寄せ植え)
2017年9月1日金曜日
【怪老人日乗】 九月某日
言われてみるとたしかに、路上にはよく片方だけの手袋が落ちている。
今日も落ちていた。
アスファルト手袋くずれ落ちにけり (曾良)
扠。
今日は仕事でSF(すこしふしぎ)の世界に出かけてきたのである。
ピー助がいるなあ。
噫、その奥にはバウワンコ像がいるなあ。
前にも書きましたが、わたしは秘境冒険ものの『のび太の大魔境』が好きなんですよ。
バウワンコ像はファミコンソフト『ドラえもん』にも出てきたような記憶があるが、わたしはファミコンを持っていなかったので定かではない。持っていたのはゲームウォッチのみ。
で。
そうこうしていたらダ・ヴィンチニュースで「新本格ミステリ30周年」特設ページが公開された。
こちらで作品レビューを書いております。現時点で綾辻行人氏の『十角館の殺人』のレビューがアップされているが、近日中にさらに数本あがる予定。
というわけで。
今夜はやや唐突に新本格とわたしの思い出を書こうと思います。
新本格ムーブメントがスタートしたのが今から30年前の1987年。
わたしはその当時10歳なので、残念ながらリアルタイムで『十角館の殺人』を体験した世代ではない。
とはいえ、わたしが大学に入った90年代後半にもまだまだ人気は健在で、いわばユースカルチャーの一部という感じであった。そのあたりは今日のSF、ラノベに近いものがあるだろう。
国文科で同じゼミだったYくんも本格ミステリにはまっていた一人で、「僕、こんなトリックを考えたんだよ」と小声で話しかけてきたけれど、彼はどうしてるんでしょうか。ヴァン・ダインとヘビメタを愛好する好青年だった。
当時、京都に住んでいたわたしがミステリ本をよく買っていたのは、近鉄線新田辺駅の開けたロータリーとは反対側にあった新刊書店、同じく新田辺駅の古本屋「一Q」(いっきゅう)、それと伏見大手筋商店街の一番街にあった書店で、もちろん梶井基次郎が爆破した河原町の丸善や、四条通沿いのジュンク堂にも足を運んだけれど、大学の行き帰りに暇さえあれば立ち寄っていたこのあたりの小型店が思い出深い。キャンパス最寄りの興戸駅わきにも古本屋があったのだが、ここは教科書が主だったような記憶がある。
「一Q」では竹本健治の『ウロボロスの偽書』を、P・K・ディックの『ヴァリス』と一緒に買った。ミステリじゃないけど、森由岐子の『魔怪わらべの唄』も買った。ちなみに「一Q」というのは妙な店名だが、新田辺駅界隈は一休さんゆかりの土地で、銅像なんかも建っていたのである。いま検索してみたら、「一Q」はいまだ現役のようで驚く。なお京都にはほかに「コミックQ」という似たような名前の古書チェーン店があって、こちらにもすごくお世話になった。学生時代は京都中のコミックQとレンタルビデオ店が頭に入っていたものだ。
新田辺駅前の新刊書店(名前失念)では、平台で山口雅也の『生ける屍の死』を見つけて、通学の近鉄電車で読んだ。手もとにある文庫本の奥付を見ると97年11月刊の第4版。このカバーを見ていると、薄暗い蛍光灯で照らされた近鉄線のホームが目に浮かんでくる。
と。
思い出話はつきないのであるが、そんなわけだから新本格30周年企画に携わることができて、ちっと嬉しかったのだ。わたしにとって新本格はいわば青春の文学なのである。Yくん、元気かな。
2017年8月27日日曜日
お迎えDEATH.
8月らしい快晴がやっと戻ってきたので、阿佐ヶ谷の古書コンコ堂まで足をのばし、『デニス・ホイートリー黒魔術小説傑作選』を受け取ってきた。さすがの阿佐ヶ谷でも七夕祭りはもう終わっており、「ダンシング・ヒーロー」に舞い踊った女たちもいずこへか姿を消していた。
さて。
先日の計画通り、わんぱくデニスの居場所はすでに確保してあるのだ。
所定の場所である海外棚のてっぺんに配架。
がしかし。うわわ、予想以上に重たいぞ。
ちょっとの揺れで落下してきそうじゃ。というか、本棚自体がいまにもクシャッといきそうじゃ。黒魔術で空中浮遊してくれることを期待するしかないのじゃ。
9月に入って仕事が落ち着いたら、1巻の『黒魔団』(再読)からぽつぽつ読んでいこう。
(壮観!ゴライオンの超合金的なうれしさ!)
そうそう。
以前、このブログでも熱烈に「増刷希望!」と叫んでおいた私家版『マゴニアへのパスポート』。
めでたく通販が再開されたらしい。
詳細は自力で『マゴニア』を訳してしまった花田英次郎氏のブログをご覧いただきたい。
わたしもさっそく一部注文したので、届いたらここでご紹介させていただこうと思う(コメント欄でお知らせいただいたナカネ氏には感謝です)。
■私家版『マゴニアへのパスポート』通販再開のお知らせ
ところで。
花田英次郎氏のブログ。7月の記事であの世紀の奇書『異星人遭遇事件百科』の著者、郡純の正体をUFOマニアな視点からプロファイリングしておられる。とっても面白いので、郡純ファン(いるのかな)にはオススメです。
2017年8月12日土曜日
『吐きだめの悪魔』オリジナルサウンドトラックで脳が溶けた
旧くからの友人が映画『吐きだめの悪魔』のサウンドトラックを送ってくれた。
京都の中古CD屋で800円で売られていたそうな。
それは果たして安いのか、高いのか。
『吐きだめの悪魔』は1987年制作のアメリカホラー映画だ。
原題は『STREET TRASH』で監督はジム・ミューロー。
酒屋の地下室から古い酒瓶が見つかった。こりゃあ安くてウマい、サイコーだ、と大喜びで飲みほす貧民街の住人たち。しかしその酒にはいけない成分が含まれていたらしく、飲んだ者たちの体がドロドロと溶けはじめた。助けてくれー! と、まあそんな映画である。
細かい部分は忘れてしまったが、筋はあってないようなもの。この映画は人間がカラフルに(なぜか紫とか緑とかの液体になる)溶解してゆく様子をただひたすらに、脳天気なムードで映し出す。
低予算のカルトホラーとして一部で有名な作品。
とはいえカルト映画ならではの特異な芸術性や反俗性を期待してはいけない。感想は「ヒドいものを見た!」、その一言に尽きます(笑)。いや、それでは無名の才人ジム・ミューロー監督にあまりに失礼だろう。と、一生懸命プラスの評価を試みはするけれど、やっぱり「汚い!」「下品!」「幼稚!」といった単語しか浮かんでこない。ううむ。困った映画だ。
頭のいい人やセンスのいい人は、半径10メートル以内に近づかない方が無難だろう。
しかししかし。
わたしはなぜかこの映画が大好きなんですね。というか、基本的に人が溶ける映画が好きだから、この映画のことも、好きにならずにいられないのである。
それにしてもどうして人間が溶ける描写というのは、ああもわたしたちの心を惹きつけ、妖しい興奮を呼び起こすのだろうか。
『ビヨンド』の硫酸ドロドロも、『吸血髑髏船』の薬品ドロドロも、『悪魔の毒毒モンスター』の工場廃液ドロドロも、ああ、あらゆるドロドロが愛おしい。と、若干かっこよさげに書いてみるが、全然かっこよいものではなく、ただ単に悪趣味なだけだろう。
というわけでこのサントラも大いに嬉しかったのだ。
送りつけておいて「お前は悪趣味だ」と糾弾してくる友人もどうかと思うが、それでもやはり持つべきものは友である。わたしのことをよくわかっている。
で、ドキドキしながら再生しました。
(……10分経過……)
な、なんじゃこりゃ~!!
2017年8月8日火曜日
汗みずく棚に囲まれ脱水し(其角)
まったく人生なにが起こるかわからない。
たとえばわたしが突然、売れっ子ユーチューバーになる可能性だって皆無とはいえないだろう。
もし売れっ子ユーチューバーになったらどうするか?
答えは決まっている。
手にした大金で仕事部屋にエアコンをつけるのだ。
わたしの仕事部屋にはエアコンがない。
こう書くとどこか山田詠美的だが(ぼくは空調ができない……)、その理由というのは実に形而下的なもので、ひとつには引越時余分なエアコンを購入するだけの資金がなかったため、もうひとつには天井まである本棚でエアコン取付用の壁穴を塞いでしまったためだ。
引越時は1冊でも多く本が入るように、とそればかり考えていたから、空調や採光なんて二の次三の次であった。 だからエアコンの穴もあっさり本棚で塞いだし、2つあった窓の1つも覆ってしまったのである。その結果どうなったか。夏暑く、冬は寒くてたまらない仕事部屋が一丁できあがった。
扠。
『デニス・ホイートリー黒魔術小説傑作選』を思い切って購入した話は、昨日ここで書いたとおりである。で、目下『傑作選』を入れるスペースを確保するべく、仕事部屋の本を減らしているのだが……いやあ、エアコンのない部屋で本棚整理はするもんじゃないですね。
埃と汗とでたちまちマカロニウエスタンの端役のような姿になってしまった。
苦心の甲斐あって、20~30冊ほどは減らせそうなのだが、それはあくまで部屋全体での話。
重厚な函入全7冊セットを鎮座させられるスペースはなかなか現れない。うーん、参つたな。
部屋を見わたしてしばし悩んだすえ、「キミに決めた!」と指さして叫んだのは海外文学棚のてっぺん。現在白水Uブックスとアーカムハウス叢書が置いてある場所であった。
(この棚のてっぺんをわんぱくデニスの居場所に決定)
白水Uブックスはノベルスと同サイズなので、国産ミステリーのノベルスを若干減らし、そちらのコーナーに合流させることにした。平積みにされている可哀想なアーカムハウス叢書は、現在混迷をきわめる海外棚を整理整頓することでスペースを確保できるのではないか、と思っている。
(ナイトランド叢書の続きはどこにあるんだろう……)
ところで。
この海外棚の向こうというのがまさにエアコン用の壁穴がある位置で、どでかい『黒魔術小説傑作選』なんて置いたらますます、エアコンをつける日が遠のきそうな予感。
売れっ子ユーチューバーになったらとりあえず、最高級の扇風機と洒落たどてらを買うことにします。
2017年8月7日月曜日
もう少し棚が欲しいと書痴が鳴く(芭蕉)3
さて。
なぜわたしが本を処分しなければならなくなったのか。
世間的にはまったくどうでもいい話をここまでゲームブック形式でお届けしてきたが、ついにその理由を述べるべきときがきた。
「1」からワープしてきた方のために説明しておくと、阿佐ヶ谷の七夕祭りを見物に行き、久しぶりに「古書コンコ堂」に足を踏み入れた彼が目にしたものとは……というのがこれまでのお話。
ときに古書コンコ堂とはどのような店であるか。
小山力也さんの労作『古本屋ツアー・イン・首都圏沿線』(本の雑誌社)から紹介文を一部引かせてもらおう。
「バランスよく、安価で良書を並べる、二十一世紀型の良店である。古本をとことん商品として扱い供給する姿勢が、とても好ましい。棚には疎かにしている部分は一切なく、一度入ってしまえば、必ず何冊かの本を手にしてしまうことになるだろう」
まさに小山氏の書いているとおりで、硬軟清濁とりまぜたセレクションの妙は、西荻窪の音羽館にも匹敵。超常現象の本がなければ不機嫌になるわたしのような偏った趣味の人間も、そこここに欲しい本を見つけることができるのだ。『フェイト』のUFO目撃談をまとめた本がある! 富士の風穴の伝説集なんてのも面白そうだ。シュルレアリスム関係も充実している。さあて、何を買おうかなあ、と舌なめずりをしていたところ、棚の上に見てはいけない物を見つけてしまった。
『デニス・ホイートリー黒魔術小説傑作選』(国書刊行会)全巻セットである。
いや、買う気はなかった。
デニス・ホイートリーは代表作『黒魔団』を「ドラキュラ叢書」で読んでいて、わたしの中では「面白いけど……ま、大体分かった」という位置づけのホラー作家であったのだ。クライヴ・バーカーがホイートリー作品を「彼の書く登場人物には、まるでイギリスは帝国を失っていないとでもいうような、ある種『英国的』な雰囲気が漂っている」と評しているが、『黒魔団』もまさにそんな感じ。ハラハラドキドキの冒険活劇で面白いんだけど、大時代なところも多く、それほどたくさんは読まなくてもいいかと思っていた。
だからこれまで古本屋で『黒魔術小説傑作選』を見かけても(あちこちでよく見かける)、その都度パスしてきたのである。
(ホイートリーの代表作『黒魔団』/国書刊行会ドラキュラ叢書版)
それより何よりこの傑作選、国書刊行会の本だけにでかくてごつくて重いのである。言葉を換えるなら、重くてごつくてでかいのだ。
新刊を買うたびに「ああ、どこに置こう……」と頭を悩ませている者からすると、全5巻7冊ハードカバー函入りという『黒魔術小説傑作選』はまさに悪魔のような代物。いきなり熱帯魚の水槽がやってくるようなものである。いま以上に書斎が狭くなったら、わたしは立ち飲み屋のようなスタイルで仕事をするしかなくなる。
なのだが。
さすがは「安価で良書を並べる」コンコ堂。『黒魔術小説傑作選』も安かったんですよねえ。
全巻揃い帯つきで3600円。え、そうなの? 値段をみてグラリと心が揺れた。もともとさほど古書価の高いシリーズではないが、一冊あたり500円というのは破格だ。漫画1冊分。これなら手を出してもいいのではないか、という気がちょっとしてくる。そういえばあの熱血漢的な作品世界、ラムレイに通じるものがあって嫌いではない。しかし……うちの部屋にはあんなでかいものを置く場所がない。
店内をぐるぐる歩き回って頭を冷やす。ほかにも欲しい本がたくさんあるが、ホイートリーほど気になるものは見当たらない。どうしようかな。揃ってると恰好いいよな。美品だしな。子どもの家庭訪問で先生に自慢ができるかな。でも立って仕事をするのはイヤだな。しかししかし……。
で、結局。
「欲しいなら買ったら?」という家人のまっとうな一言に背中を押される形で購入。ごもっともです。そんなに欲しいなら買えばいいし、スペースがないなら作ればいいのである。
さすがにまがまがしい全巻セット提げて歩くのも大変なので、後日受け取りという形にしてもらい、代金のみ支払い。これでわたしも晴れて『黒魔術小説傑作選』のオーナーだ。
悩んでみてあらためて気がついたけど、心の底では欲しかったんでしょうね、このシリーズ。いい形で買えてよかった。
というわけであるから。
この数日のうちには書棚のスペースを大きく空けなければならないのだ。
このままだとホイートリー先生、やってきた瞬間、机の下に平積みされてしまう。床に積まれた本はそのまま行方不明になってジ・エンド、というのが世の習いであるから、なんとかスペースを捻出しなければならない。いまざっと周囲を見渡した限りでは、処分できそうな本はゼロ冊。
噫、どこかの天才が泥棒に入って、不要な本だけ抜き出してくれないものだろうか……。
もう少し棚が欲しいと書痴が鳴く(芭蕉)2
さて。
なぜわたしが本を処分しなければならなくなったのか。
すべては阿佐ヶ谷に出かけたのがいけなかったのである。
中央線沿線にお住まいの方はご存じであろう。いま東京都杉並区の阿佐ヶ谷駅前では毎年恒例の「阿佐ヶ谷七夕祭り」が開催されている。
8月開催の七夕祭りといえば仙台のものが有名だが、阿佐ヶ谷の七夕も負けてはおらず、今年で実に64回目。昭和20年代から続いている伝統のあるお祭りだ。
と、知ったようなことを書いているが東京に住んでいてこれまで一度も行ったことがなく、今日(8月6日)初めて足を運んできたわけです。
それはもう結構でございました。
あの蛇のように長いパールセンター商店街が、色とりどりの吹き流しと手作りのはりぼてで飾られ、通りの両側には出店がずらりと居並んでたいへんな賑わい。
南口ロータリー広場で催されている盆踊り大会では、おばあちゃんたちが荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」にあわせて可愛らしく跳ねかつ踊っておりました。
露天の生ビールやワインに心惹かれながらも、わたしはアルコールが一滴も飲めないのだということを思い出し、甘党の本領を遺憾なく発揮して「とらや椿山」で焼きたてのなみすけどら焼きを、「たいやきともえ庵」で鯛焼きをそれぞれ買い食い。
焼きたてのどら焼きというのは初めて食べたけどほぼホットケーキで、ちょっとした焦げ目が香ばしく、あれはあれで美味しいものでした。ちなみに「なみすけ」というのは杉並区のオリジナルキャラクターです。
ともえ庵のたい焼きはパリッとした薄皮が特色。これまで食べてきた薄皮系のなかでも、かなりのパリパリ伝説系ですね。その薄皮が粒の立ったもっちりあんことよく調和して、喩えるなら甘い鈍器。この食感が楽しい。ふだんは行列のできるお店らしいので、すんなり買えてよかったよかった。
南口の商店街をたっぷり堪能した後は、阿佐ヶ谷駅構内を抜けて北口へ。
北口といえば映画館のラピュタ阿佐ヶ谷がある側ですが、小さい飲み屋が多くてこれまた大賑わいでした。下戸なりに路地をさまよいつつ、じりじり足を向けたのは「古書コンコ堂」。
知る人ぞ知る阿佐ヶ谷の名物古書店です。
久しぶりに訪れたこの店で、わたしはある決断をすることになるのですが……。
→続きを読みたいという人は「3」へ。
→ここまでのあらすじを忘れた人は「1」へ。
割とどうでもいいかも、という人は日野日出志でも読んで待っててください。
2017年8月6日日曜日
もう少し棚が欲しいと書痴が鳴く(芭蕉)1
荒俣宏氏が膨大な蔵書をあらかた手放し、某出版社に寄贈されたらしい、という話題は先日もすこし書いた。
奇しくも、荒俣氏とならぶ本邦怪奇小説界の巨星、紀田順一郎氏もこれまた数万冊という蔵書を処分されたそうである。
その詳しい顛末が最近刊行された『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』(松籟社)に書かれてある。
紀田氏がぎりぎりまで処分をためらったのが、他ならぬ怪奇幻想文学関連の書物だったそうで、月給1万2000円というサラリーマン時代に6000円もする洋書の『ラヴクラフト書簡集』を苦心して手に入れたエピソードなどを読んで知っているだけに(『幻想と怪奇の時代』)、稀代の愛書家と蔵書との別れを描いた同書の記述には、思わずもらい泣き、ウウムと腕組みして唸らざるをえない。
本に囲まれた自らの行く末をしみじみ考えさせられる衝撃の蔵書論集であるので、本を蒐めること買うことがお好きな方には一読をお薦めしたい。
さて。
前置きが長くなったがここからが本題であって、わたしもちょっとした理由から本を処分する必要が出てきたのである。
といっても、全然たいした量ではない。本棚の幅にして約30センチ強、単行本に換算するとせいぜい12冊から15冊程度なのだが、いざ減らすとなるとこれでなかなか大変だ。
どうしてそんな必要が出てきたのか?
→順を追って知りたい人は「2」へ。
→結論だけ知りたい人は「3」へ進め。
といきなりゲームブック風。さあ大変なことになってきた。
2017年8月2日水曜日
カフェ・ベローチェで怪談を
どうやら集中力を母親の胎内に忘れてきてしまったらしく、家ではまったく仕事ができない体質である。
そこで一日中、チェーンのコーヒー屋やファミリーレストランを転々として、仕事関連のゲラを読んだり、原稿を書いたりという暮らしを送っているのであるが、昨日某駅ちかくのカフェ・べローチェに立ち寄って、思わずあッと声をあげてしまった。
お姐さんからホットコーヒーの載ったトレイを受け取り、ふと脇に目をやると「怖い話」という文字が目に飛び込んできたのである。黒い小さなチラシであった。
(なにかの催し物かな……)そう思って何気なく手を伸ばして、愕いた。
うわあー!
ベローチェで怖い話フェアをやってるー!
(怖い話で涼みませうという主旨のチラシ)
チラシによれば、7月17日(月)から8月31日(木)まで、店内で配布の「怪談札」に記載されたQRコードにアクセスすると、怪談語りを視聴できるというサービスを実施中らしい。
登場するのは稲川淳二座長を筆頭に、山口綾子、怪談社(上間月貴、糸柳寿昭)、ファンキー中村という結構本気な面子。
コーヒー屋で怪談。Macブックでもビジネス書でもなく怪談。これは新しい。
コーヒーを飲みながら稲川師の怪談が聞けるのは最高だし(これぞ日本の夏)、面識ある怪談社のお2人が絡んでいるのも嬉しいではないか。
いったい全体どんな経緯から生まれた企画かは知らないが、これを実現したベローチェは偉大である。
もともと飾らない雰囲気で好もしいコーヒーチェーン(喫茶店形式のシャノアールも好き)。ますます応援したくなりました。
昨日ゲットした怪談札は稲川淳二さんの「劇場の恐怖」。
残るはあと4枚。毎週通って手に入れようと思ってます。
(幣髏御魑廻でベローチェはちと苦しい)
ところで、これって界隈では有名な話なのだろうか。
わたしはツイッターの類をほとんど見ないので、どうしても世事に疎くなりがちなのであるが(知っていたら1週目から通っていただろう)、まあやっていないものはしょうがないよね。
おもしろげな情報があったらぜひお電話かメール、電報かESPでお知らせください。
2017年7月28日金曜日
荒俣宏『お化けの愛し方』刊行記念イベント
久しぶりの更新なので思わず自己紹介してしまった。
扠。
書きたいネタは諸々あるのだが、目下月末に迫ってくる謎の生命体に追われており、なかなか時間が取れないのである。今日はとり急ぎ、一つの話題を提供して去ることにしたい。
荒俣宏『お化けの愛し方 なぜ人は怪談が好きなのか』(ポプラ新書)という本が刊行され、その記念トークイベントが7月26日、八重洲ブックセンターにて開催された。
『お化けの愛し方』はこれまでホラーや妖怪、怪奇幻想文学に関する著作を多数世に問うてきた知の巨人・荒俣宏が、人とお化けの関わりについてあらためて論じた「最後の『お化け学』出版物」である。
人とお化けのロマンティックな恋を扱ったいわゆる「恋愛怪談」(江戸川乱歩)の系譜を、中国の『剪燈新話』から円朝の『怪談牡丹燈籠』までたどり、もうひとつの怪談文学史を掘り起こした好著であった。
で。著者のトークイベントを観覧してきたわけです。
いや~、びっくりしました。
何にびっくりしたって、『お化けの愛し方』についてのトークショーなのかと思いきや、ほぼ全編にわたって平井呈一の話だったんですよ。
荒俣氏も今年でなんと70歳。そろそろ作家業は店じまいするらしく、膨大な蔵書もほぼ手放してしまったそう(某出版社にまとめて託したとか)。イベントではそれに際して作成された蔵書票が、来場者にも配られました。児雷也です。
で。
「では僕はいま何をやっているのか。今日はそれをお話ししたいと思います」と、前置きされてはじまったのが、平井呈一をめぐる興味津々のお話だったのですね。
作家業を半ばリタイアした荒俣氏は、これまで気にかかっていた亡き師・平井呈一の足跡を辿る旅に出発。日本各地で関係者を訪ね、生前の平井呈一についてインタビューしているそうです。
その結果、新潟県立小千谷中学の英語教師として過ごした疎開中の知られざるエピソードや、長らく不明だったお墓の所在などが判明。荒俣氏もついに墓前に手を合わせることが叶ったそうです。
かつて千葉県にあった平井邸跡地の現状(こんもりした林になっていました)や、近年になって発見された貴重な原稿・書簡(1969年に荒俣氏が平井翁に出した年賀状など)が写真とともに紹介されたりもして、怪奇幻想文学のファンとしては「こんな貴重な話、さらっと聞かせてもらっていいの!?」という感じの衝撃の一夜でした。いやあ、いい話を聞いた。
「調べ物が一段落したら、本にまとめようと思います」とおっしゃっていたので、本格的な店じまいはまだしばらく先のようです(笑)。
なお、平井呈一の経歴と作品については、東雅夫氏による力作評伝「Lonely Waters――平井呈一とその時代」(創元推理文庫版『真夜中の檻』所収)が詳しいですが、あいにく現在品切れ中。
と、思ったらこの秋に復刊されるらしいですね。ばんざーい。
というわけでまた次回!
月末にやってくる謎の生命体を倒しながら、近々また出てきます。
2017年7月8日土曜日
BIBLIOPHILICのブックストッパー
おお、壊れてしまった。
ブックストッパーが壊れてしまったのである。
ものを書く機会の多い人なら共感していただけると思うが、書籍や雑誌を参照したり引き写したりする際に、「このページがもっと開けばいいのに!」と腹立たしく感じることがある。
本というのは放っておけば閉じる構造になっているから、参照したり引き写したりしていると、一度や二度は「ぺろん」と情けない音を立てて、何事もなかったように閉じてしまう。
これがなかなかにストレスなのである。
携帯電話(ガラケー)でページを挟んでみたり、パソコンの縁でページの隅を押さえてみたり。いろいろ工夫はしてみたのだが、根本的な解決にはつながらない。油断したころにまた「ぺろん」となって、両目から火花が噴き出す。
とくに難物なのが冒頭や結末部で、重しをしてもすぐに浮き上がってしまうのだった。
どうにかならないものか。
そんな時にたまたま出会ったのがこのブックストッパーであった。5年ほど前のことである。場所は新宿。ディスクユニオン中古館の脇に当時できたばかりの書店、ブックユニオンであった。
「BIBLIOPHILIC(ビブリオフィリック)」の豊富な読書グッズの中に見つけ、長年探し求めていた商品はこれだと直感。すぐさま買って帰った。
感動しました。
本を開く、ブックストッパーでページの隅を挟む。
たったそれだけで長年の悩みがたちまち解決してしまった。
小さいながらそれなりに重量があって大抵の本は押さえられるし、ストッパー部で文字が隠れることもない。麗々しく書かれた“これは便利”の文字に偽りはなかった。
もともと、わたしは本を写したり引用したりするのが好きなのである。
好きな作家の本はとりあえず写してみる奇癖があって、江戸川乱歩の長篇『孤島の鬼』は創元推理文庫版でたしか2回半丸写ししているはずだ。読書の一環として、そういう遊びをするのが好きなのである。
このブックストッパーに出会って以来、引き写したり引用したりするのがますます楽しくなったことは言うまでもない。
そして今日。
ふと「好きな本でも写そうかな」と思い立ち、菊地秀行の『夢見る怪奇男爵』(角川書店)を書棚から抜き出したのだった。
菊地秀行のエッセイや評論はホラーへの深い思いがにじんでいてどれも大好きだ。『魔界シネマ館』もいいが、この『夢見る怪奇男爵』もいい。山村正夫の文庫解説のページを拡げ、クリップでページを挟む。その瞬間――。
あ、壊れた。
さすがに5年も経つとプラスティックが劣化してしまうのであろう。
洗濯ばさみだってしばらく使っていると割れるものなあ。とはいえ壊れた瞬間、ショックのあまり「シェー」の姿勢でばったり倒れ込んだのは、これまた言うまでもあるまい。
ブックストッパーのない人生はもはや考えられないので、早速買ってこようと思います。BIBLIOPHILICのサイトで通販も可能なので、興味のある方はどうぞ。
2017年7月1日土曜日
青空の悪魔円盤
いやあ、夏風邪をひいてしまって。
しらばくブログを投稿することもできず、臥せっておりました。
大概は寝ていれば一晩で治るんですけどね、今回はなかなか熱が下がらず、小栗虫太郎風にいうなら薬餌から離れられず。お医者に行ってみたところ、血中のなんとかいう数値が高くなっている、どうも何かが炎症を起こしているようだ、という話でした。
「存在しない何かに中毒してしまったらしい」というのは映画『裸のランチ』におけるウィリアム・バロウズの台詞ですが……はだしで錆びた釘でも踏んだかなあ。ぼんやり生きているので、そのくらいのことがあっても気づかない。
昨日あたりからは熱も下がり、平常運転に戻っておりますのでご心配なく。
さて。
6月24日は「UFOの日」でありました。
1874年同日、アメリカ人実業家ケネス・アーノルドがレーニア山上空で9つの白い飛行物体を目撃。目測によれば、物体はひとつ45~50フィート、速度は時速1700マイル(2700キロほど)もあったそうな。
「お皿を水面に投げて、水切りさせたように跳ね飛んでいた」
というアーノルドの目撃証言から、UFOの別称である「フライング・ソーサー(空飛ぶ円盤)」という語が誕生したのはあまりに有名です。
そしてこのアーノルド事件をきっかけに、光を放つ飛行物体が世界各地で目撃されるようになってゆく。
6月24日は「20世紀の神話」であるUFO現象の、まさに発端となった一日なのですね。
今年はアーノルド事件からちょうど70年。
それを記念してカナザワ映画祭2017では、コスモファイル羽咋にて「宇宙怪談大会」が開催されるようだが(これは行きたい!)、このブログとしてもある企画を考えていたのです。
それはおすすめUFO本の紹介記事。
最近わけあって読み返したジョン・リマーの『私は宇宙人にさらわれた!』が抜群に面白かったこともあって、好きなUFO本をまとめて紹介してみたい、という考えが浮かんでいたのですね。
いるかいないかだけでは片づけられない、UFO現象のあやしくもいかがわしい面白さに迫る本をレビューする。そんな記事を24日に公開したいなあと思っていたんですよ。
で、22日の晩あたりから「あれとこれとそれと……」と腹案を練っているうちにみるみる具合が悪くなり、そこから一挙に夏風邪ゾーンに突入。
気づくと24日はすぎておりました。宇宙怪談の祟りかしらねえ。
というわけで。
何ごともなかったようにまたブログを更新してゆきます。
書きたいネタもたまって数日経つと、たちまちトカトントンの吹きだまりに流されてゆきますので、どんどん書いていかなければ。
あ。
本題を忘れていた。
アーノルド事件70周年ということで(そういうことなんだろうと書き手は解釈している)、依頼されてダ・ヴィンチニュース上にUFOがらみの記事を何本か書きました。
・現在公開中の映画『美しい星』との絡みで三島由紀夫のUFO小説『美しい星』をレビューしたもの
https://ddnavi.com/news/373428/a/
・元航空自衛隊パイロット佐藤守氏の新刊『宇宙戦争を告げるUFO 知的生命体が地球人に発した警告』(講談社)のレビュー
https://ddnavi.com/news/377328/a/
・佐藤守氏へのインタビュー
https://ddnavi.com/news/383902/a/
四人囃子「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」(ライブ)
2017年5月29日月曜日
お風呂で読書 (第1回)
風呂で読むのにぴったりの本は何か?
それがここしばらく私の頭を悩ませている天下の一大問題である。
気ぜわしい日々を締めくくる夜のリラックスタイム、入浴。
多くの本好きの例にもれず、私は浴室に本を持ちこむことにしているのだが、さて、この風呂で読む本のセレクトというのが難しい。
お風呂に入ろうと思ってからたっぷり5分。半裸のまま書棚の間を徘徊して、本の山をどけたり崩したり。これでもない、あれでもないと、リラックスするためにたいへんな汗を流すことになる。
この悩ましさ、何かに似ていると思ったらあれだ。旅行先に持っていく文庫本を悩むのに似ているのだった。「NO、これじゃない!」と思っても交換できないから、毎晩が真剣勝負である。
そんな感じで悩んでいるうちに、これはお風呂向きじゃないなという本の系統が少しずつ明らかになってきた。
たとえばシリアスな純文学系は緊張するから国内外を問わず×。
人文系の評論・研究書も頭がこんぐらがるので避けたい。
ではエンタメ小説ならいいのかといえば、そうでもない。新しい物語に入りこむには意外とパワーが必要なのだ。
仕事の資料やゲラももちろん×。
好きな作家や普段なら積極的に読もうという気になる本(たとえば海外のモダンホラー)でも、「風呂場」という関所をなかなか突破できないのが面白い。
じゃあ、どんな本ならいいのか。
具体的にここ数日、お風呂で読んだ本を思い返してみる。
●5月28日(日):田中真知『理想郷シャンバラ』(学研)
中央アジアに存在するとされる理想郷シャンバラについて述べた本。レーリヒ、オッセンドウスキー、ヒトラーとこの手の本に出てくる話題をコンパクトにまとめており、今読み返しても良書。チベット仏教僧侶2名へのインタビューも貴重。
●5月27日(土):矢追純一『これが宇宙人(イーバ)との密約だ』(KKベストセラーズ)
この頃は楽しかったなあ。UFO研究史においてMJ-12関連の出来事というのはまあ、ひとつの大きな迂回路だったのだろうけども、UFO墜落、宇宙人による誘拐、家畜虐殺、政府と異星人の密約、という都市伝説みたいな情報がゴロゴロ出てきて、1980年代末期のUFO本は一種あぶない面白さがあった。
そう思ったのは大人になってからで、小学6年当時はわけが分からないまま市立図書館でドキドキしながら借りていたのですが。この本は「イーバ」という響きが、実に禍々しくてよかったね。
●5月27日(金):リチャード・C・ホーグランド『〈火星〉人面像の謎』(二見書房)
1976年、アメリカの火星探査船バイキング1号が撮影した、いわゆる「火星の人面岩」に関するノンフィクション。これも好きだったなあ。宇宙空間を見上げる巨大な人面の大岩、というSFチックなビジョンにたまらなくワクワクさせられた。
初版が1990年だから、上記矢追さんの本の1年後。MJ-12と人面岩はほぼ同時期のブームだったんですね。そういや、人面魚とかも同じ頃か。
うーむ。
地底王国シャンバラにMJ-12、火星の人面岩……。新書版のオカルト本ばかりではないか。
これだと「風呂で読むならオカルト本」という普遍性のなさすぎる結論が出てしまう。入浴時にぴったりの本を探り当てて、ビジネス書を書いてベストセラーにするつもりでいたのに……。
ほかに共通項をさぐるなら「どれも古本屋の100円ワゴンで売ってそう」ということだが、そこはたぶん関係ない。おそらく重要なポイントは、どれも再読本であるということだろう。だいぶ前に読んで面白かった記憶はあるものの、内容をよく覚えていない本。
もちろんそれ以外にも新書版であるとか、さらっと読みやすい文体で書かれているとか、途中でやめても先が気にならないとか、いろいろ要因はあるだろう。
果たして風呂で読むのにぴったりの本は何か?
これからも折に触れて研究していきたい。
2017年5月13日土曜日
五月の路上は鼻血でいっぱい
ゴールデンウィークも終わり、気づけば5月半ばである。
この時期に人を悩ませるものといえば五月病だ。
連休明け初日、よく仕事をさせてもらっている某誌の編集部を訪れたところ、とつぜん右の鼻から鮮血が噴きだした。どうやら体が全力で働くことを拒否しているらしい。
うーむ、我がずぼら体質のすさまじさよ。
だからこそ五月病になってしまう人の気持ちはよく分かる。
そりゃ一週間も休んだら、仕事に行きたくなくなるよ。フリーランスのわたしでさえ、久々に外出しただけで鼻血が溢れたのだ。いわんや会社員をや。その切なさ、苦しさは想像するにあまりある。
五月の路上は今日も誰かの鼻血でいっぱいだ。
目下五月病に苦しんでいる人に云いたいのは、あまり自分を責めるべきではないということだ。
世の中には頑張れる人もいれば、頑張れない人もいる。一生のうちにできる努力の総量は、もしかして生まれつき決まっているのではないか、とさえ思うのだ。
ずぼらなのは別に悪いことではない。中学時代の担任教師に「おまえは怠け者だ」とはっきり指摘されたわたしなどは、自己弁護も兼ねてそう思っている。
さて。
五月病の人におすすめの小説をあげておこう。
朝ベッドから出たくない。職場の人の顔を見たくない。そんなときテンションの高い小説など読む気にもならないだろう。ハーマン・メルヴィルの「代書人バートルビー」を読んで、マイナス方向の愉悦に浸るのはいかがだろうか。
バートルビーは真面目な代書人だが、理解できない性格の持ち主である。
雇い主や同僚が代書以外の仕事を頼んだとしても、控えめに、しかし確固たる口調で「せずにすめばありがたいのですが」と答え、決して応じようとはしないのだ。どんなに上司が忙しそうでも、仲間が困っていても「せずにすめばありがたいのですが」「せずにすめばありがたいのですが」。そうくり返すだけだ。とうとう業を煮やした雇い主はバートルビーを馘にする。その結果、思いもよらない出来事が……。
常軌を逸した行動とともに、バートルビーがどんどん人間ばなれした存在に感じられてゆく、後半の展開がすばらしい。ずぼらも極めれば超自然的恐怖の域に達する。こうなると鼻血を噴きださせるのはむしろ上司のほうだ。
ボルヘス編の『バベルの図書館』(国書刊行会)で読むことができるので、これを参考にぜひずぼら道のプロを目指してほしい。と、つまらない商業コラムのような落ちをつけてしまったな。こういう落ちはつけずにすめばありがたいのだが……。
この時期に人を悩ませるものといえば五月病だ。
連休明け初日、よく仕事をさせてもらっている某誌の編集部を訪れたところ、とつぜん右の鼻から鮮血が噴きだした。どうやら体が全力で働くことを拒否しているらしい。
うーむ、我がずぼら体質のすさまじさよ。
だからこそ五月病になってしまう人の気持ちはよく分かる。
そりゃ一週間も休んだら、仕事に行きたくなくなるよ。フリーランスのわたしでさえ、久々に外出しただけで鼻血が溢れたのだ。いわんや会社員をや。その切なさ、苦しさは想像するにあまりある。
五月の路上は今日も誰かの鼻血でいっぱいだ。
目下五月病に苦しんでいる人に云いたいのは、あまり自分を責めるべきではないということだ。
世の中には頑張れる人もいれば、頑張れない人もいる。一生のうちにできる努力の総量は、もしかして生まれつき決まっているのではないか、とさえ思うのだ。
ずぼらなのは別に悪いことではない。中学時代の担任教師に「おまえは怠け者だ」とはっきり指摘されたわたしなどは、自己弁護も兼ねてそう思っている。
さて。
五月病の人におすすめの小説をあげておこう。
朝ベッドから出たくない。職場の人の顔を見たくない。そんなときテンションの高い小説など読む気にもならないだろう。ハーマン・メルヴィルの「代書人バートルビー」を読んで、マイナス方向の愉悦に浸るのはいかがだろうか。
バートルビーは真面目な代書人だが、理解できない性格の持ち主である。
雇い主や同僚が代書以外の仕事を頼んだとしても、控えめに、しかし確固たる口調で「せずにすめばありがたいのですが」と答え、決して応じようとはしないのだ。どんなに上司が忙しそうでも、仲間が困っていても「せずにすめばありがたいのですが」「せずにすめばありがたいのですが」。そうくり返すだけだ。とうとう業を煮やした雇い主はバートルビーを馘にする。その結果、思いもよらない出来事が……。
常軌を逸した行動とともに、バートルビーがどんどん人間ばなれした存在に感じられてゆく、後半の展開がすばらしい。ずぼらも極めれば超自然的恐怖の域に達する。こうなると鼻血を噴きださせるのはむしろ上司のほうだ。
ボルヘス編の『バベルの図書館』(国書刊行会)で読むことができるので、これを参考にぜひずぼら道のプロを目指してほしい。と、つまらない商業コラムのような落ちをつけてしまったな。こういう落ちはつけずにすめばありがたいのだが……。
2017年4月7日金曜日
君知るやホラーマスク
久しぶりの更新です。
パソコンがないのでこの一か月半、本を読む以外はひたすら書斎に設けたピラミッドの下で、座禅を組んでいたのである。
するとどうだ!
いつしか私の体はロボット掃除機ルンバの如く、床から数センチメートルの高さまで浮き上がり、くるくると回転しはじめたではないか!
エリアーデが比較宗教学の領域で、「中心のシンボリズム」 ということを提唱しているのはよく知られているが、何によらず物体の廻転を愛するという傾向のなかにも、このシンボリズムがあらわれているのではないか、と私は考えている。独楽であれ、ランプであれ、炭取であれ、迷宮であれ、およそすべての物体の廻転運動は、中心軸を抜きにしては考えられないからである。そして、さらに私の独断をつけ加えるならば、この廻転と中心軸の愛好のうちにこそ、精神の健康を保つ秘密があるにちがいない、といいたいのだ。 ――澁澤龍彦「ランプの廻転」
とりあえず澁澤龍彦を引用すると、頭がよさそうに見える……というのは私が発見した、誰にも教えたくない文章構成上の裏ワザだが、それにしてもあんまり適当なことを書いていると諸方面から叱られそうなので、このあたりにしておこう。
扠。
先日はちょっと足をのばして、葛飾柴又までお花見に行ってきたのである。
それというのも昨年、これまで半端にしか鑑賞していなかった『男はつらいよ』シリーズ全48作を最後まで見終えたからで、ちょうど倍賞千恵子演ずるさくら像が駅前に立てられたこともあり、はるばる足をのばしてきたというわけだ。
帝釈天の参道入口には、柴又ハイカラ横町という懐かしい駄菓子や玩具を取りそろえたお店があって、おなじみ「ようかいけむり」だとか、お祭りの夜店で売っていた刃がひっこむナイフだとか、そういったレトロ商品がところせましと並んでいるのだが、今回そこでこんなものを見つけた。
ホラーマスク、である。
リンゴ味の「呪われた紅いミンツ」に、おまけとして恐怖マスクが封入されているらしい。これはホラーファンとして見逃すわけにはいかない。さっそくおひとつ購入してみた。
パッケージには「紅いミンツ、喰うとリンゴの味がした…」の文字。おどろおどろしい書体だが、考えてみればごく当たり前のことを述べているだけで、最近話題の「あたりまえポエム」のようでもある。
開けてみると中はこんな感じ。
薄桃色のミンツ菓子と、紙製の恐怖マスク、それを留めるための輪ゴムが2本入っている。
わが家の娘(ぺぺちゃん・280歳)に被せてみたらこうなった。どことなくシュルレアリスムの仮面のようでもある。ちなみに昨晩この状態にしたことをころっと忘れていて、いま背後にこいつが立っていたんで、心臓が止まるほどビックリしました……。
今回はゴリラめいた凶悪類人猿のマスクだったが、他にもいくつか種類があるのかしらん。今後も見かけたら買ってみたいと思う。紅いミンツはなるほど、たしかにリンゴの味がしました。
さて、かように、性における死の透視術がエロティシズムであれば、死の密度の異常に高まる革命と反革命の恐怖時代が、歴史のエロティックな時期であるという、先に述べたわたしの説も、あながち牽強付会ではないことが分ってもらえるであろう。 ――澁澤龍彦「テロオルについて」
分ってもらえるであろう。というわけで、また次回。
2017年3月3日金曜日
人生再起動中
悲劇!
ノートパソコンを紛失してしまいました。
この数年間に書いた原稿やメモ、撮った写真、保存していた音楽等、替えのきかないデータをすべて失いがっくり、頭が肩に埋まるほど落胆しているところです。うう…。
これまでどこの媒体の何月号にどんな記事を書いたか、リストで記録していたんですが、それも失ったため、私の仕事はもう誰にも全貌が把握できなくなりました。まあ、生生流転、タブララサ。また気分を変えて頑張るしかありますまい。
とりあえずはパソコンを買うお金を捻出せねばならぬので、これを読んだ関係者は速やかにお仕事のメールを送るように。HELP!
しばらくはネット環境が整わぬため、ブログの更新滞りがちになるやも知れず、乞御了承。根が怪奇的な人間ですので、なんらかの手段であなたの夢枕に暗示的メッセージを送ることもあるでしょう。ふっふっふ、お楽しみに。
では、実家で写したゾイドの写真でも見て元気を出しますか!
25年ぶりに電池を入れてみたら、ちゃんと動いたサーベルタイガー。
ノートパソコンを紛失してしまいました。
この数年間に書いた原稿やメモ、撮った写真、保存していた音楽等、替えのきかないデータをすべて失いがっくり、頭が肩に埋まるほど落胆しているところです。うう…。
これまでどこの媒体の何月号にどんな記事を書いたか、リストで記録していたんですが、それも失ったため、私の仕事はもう誰にも全貌が把握できなくなりました。まあ、生生流転、タブララサ。また気分を変えて頑張るしかありますまい。
とりあえずはパソコンを買うお金を捻出せねばならぬので、これを読んだ関係者は速やかにお仕事のメールを送るように。HELP!
しばらくはネット環境が整わぬため、ブログの更新滞りがちになるやも知れず、乞御了承。根が怪奇的な人間ですので、なんらかの手段であなたの夢枕に暗示的メッセージを送ることもあるでしょう。ふっふっふ、お楽しみに。
では、実家で写したゾイドの写真でも見て元気を出しますか!
25年ぶりに電池を入れてみたら、ちゃんと動いたサーベルタイガー。
2017年2月4日土曜日
リニューアルした都立多摩図書館には「あれ」があった!
移転先はわがホームタウン、国分寺。
うちから歩いて10分、バイクで3分という立地である。
というわけで、さっそく活用させてもらっている。
都立図書館は都内に2館あり、南麻布にある中央図書館が新しめの書籍メイン。
このほどリニューアルした多摩図書館は、雑誌と児童書に力を入れている、という棲み分けがある。
雑誌が多い図書館が近所にあるのは、わたしのような商売の人間にとってたいへんありがたい。
仕事で必要になりそうな各文芸誌のバックナンバーをすぐにチェックすることができるし(文芸誌をきちんと揃えている公立図書館は少ない)、各分野の専門誌も広い閲覧スペースでチェックできる。日々の情報収集にはもってこいだ。
念のため専門分野である怪奇幻想系をチェックしてみると、お、出た、出た。
『幻想文学』も『牧神』も『幻想と怪奇』も創刊号からコンプリートされている。『幻想文学』の創刊号なんてなかなか手が出ないから嬉しいぞ。
雑誌以外でも、エイブラハム・メリット『魔女を焼き殺せ』、ヒチコック『私が選んだ最も怖い話』など、貴重な絶版ホラー本が収蔵されていて、タイトルを眺めているだけで胸がわくわくしてくる。
で、思った。
これだけ大きい図書館なら「あれ」もあるんじゃないか?
「あれ」とは何か。
古本が好きな方なら分かっていただけると思うが、いくら足を棒にして古本屋を巡っても、毎晩のようにネット書店で検索をかけても、なぜか出逢うことのできない幻の本、というのが世の中にはあるものだ。
新しい本屋に入るたび「で、『あれ』はないのかな?」と反射的に探してしまうのだが、それでもやっぱり見つからないライフワーク的探索本。
すなわち「あれ」。
私にとっての「あれ」とは他でもない、アメリカの超常現象研究家ジョン・A・キールが著わした『UFO超地球人説』(早川書房)のことだ。
(原書新装版のカバー)
『UFO超地球人説』は『Operation Trojan Horse』(1970)の邦訳で、UFOは文明の進んだ異星人の乗り物であるといういわゆる「地球外起源説」を否定し、超越的存在としてのUFO像を提示した画期的名著(であるらしい)。
超常現象とキールに興味を持って以来、ずーっと探してきたのだが、これまで一度もお目にかかったことがない。おそらく日本でもっとも超常現象本が多いと思われる中野ブロードウェイ4Fの「まんだらけ海馬」に足しげく通ってみたが、それでもダメ。出会いの気配すら訪れない。むう~。
どうもこの本、流通している数自体が少ないみたいで、稀代のUFOマニア3人による鼎談集『トンデモUFO入門』(山本弘、皆神龍太郎、志水一夫/洋泉社)にも次のようなやりとりがある。
皆神 なかなか手に入らない幻のUFO本、というのもあるね。僕は『UFO超地球人説』(早川書房)がどうしても手に入らない。
山本 あ、キールの! この前、ようやく手に入れた! 偶然入った古本屋で偶然見つけたの。
あの皆神龍太郎氏でさえ持っていないというのだから、いかに珍しい本であるかは推して知るべしである。
で、昨夜のことだ。
ちょっと都立多摩図書館に寄った際に、「そういや『あれ』をまだ検索してなかったな」と思いついたのである。
まさかないよなあ、なにしろUFO本だもんなあ、と心の中で予防線をはりつつ、慣れた手つきで「超地球人説」と打ちこむ。
「UFO」まで含めてしまうと半角・全角の区別でうまくヒットしないことがある、というのは長年の探索で身につけたコツだ。
期待せずに「検索」ボタンをクリック。
あ、あった。
え、え、え? どういうこと? 予想もつかない展開に軽いパニックを起こす。落ち着いて画面を見なおしてみたが……夢でも勘違いでもなかった
全国のUFOファンに声を大にしてお知らせしたい。
都立多摩図書館には『UFO超地球人説』があります!
さっそく閉架書庫から出してきてもらって、カウンターで「あれ」と対面。
おお、そうか、お前はこんなカバーデザインだったのか。卵みたいのが宇宙を飛んでるよ。味があるなあ。ソフトカバーで全体の佇まいとしては、大陸書房のオカルトノンフィクションに近い。なるほどなあ。
昨日は閉館時間が迫っていたのでほんのさわりしか読むことができなかったのだが(都立図書館は国会図書館と同じく貸し出しができない)、相変わらずのキール節でグイグイと怪しい世界に引き込まれた。
今度じっくり読みにゆくことにしよう。
本日の結論。
リニューアルした都立多摩図書館は最高だよ!
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