2023年12月24日日曜日

『現代ホラー小説傑作集』刊行によせて

12月22日、私が編纂した新しいホラーアンソロジー『影牢 現代ホラー小説傑作集』『七つのカップ 現代ホラー小説傑作集』(角川ホラー文庫)が2冊同時発売されました。角川ホラー文庫創刊30周年記念企画の一貫で、同文庫創刊の1993年以降に発表されたホラー小説の傑作計15編を収録しています。この本について制作裏話的なことをいくつか書いておきたいと思います。

まず企画成立の経緯についてですが、以前角川ホラー文庫で編んだ『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』の2冊が好評でよく売れていることもあり、これに続くアンソロジーを何かできないか、という打診をもらったのが最初でした。その時点で角川ホラー文庫30周年にぶつけるという話もすでにあったような気がしますが、そこは記憶が曖昧。おそらくそうだったのだろうと思います。

『再生』『恐怖』は角川ホラー文庫収録作から選びましたが、今回はそうした枠は一切なし。しかしまったく枠がないのも逆に難しいので、角川ホラー文庫創刊の1993年以降、という時間的な区切りを設けました。結果として1990年代前後から著しい発展を遂げてきた現代ホラー小説史を一望するというコンセプトがはっきりしてよかったと思います。

でこのアンソロジー、作業的には非常にスムーズで、さまざまな面で恵まれていました。というのも「これは収録NG」という作品がひとつもなかったからです。アンソロジー編纂という作業は見えない苦労が色々あって、著者や著作権者、版元の都合で掲載許可が下りないということが、往々にしてあるわけですね。それはもちろん意地悪してではなくて、他の本に収録される予定があるとか、新しすぎる作品であるとか、短編集の表題作であるからとか、色々事情があってのことなわけです。そう、この仕事をするまで知らなかったのですが、短編集の表題作というのは業界の慣例的にアンソロジーに採るのが難しいのですよ。

しかし今回の2冊については、そういう苦労とは無縁でした。もちろん担当編集さんが諸方面と交渉してくださったおかげですが、遠慮なくバンバン他社の作品を選んだにもかかわらず、それらもすべて掲載クリア。快く収録をOKしてくださった著者および著作権者、版元編集部の皆さまには、この場を借りて御礼申し上げます。

ところでさっき表題作はNGって言ってたけど、『影牢』には短編集の表題作が入っているやんけ、と思う方もいらっしゃると思います。そう、有栖川有栖さんの「赤い月、廃駅の上に」ですね。通常ならおそらく無理だったのだと思うのですが、有栖川氏と編集部とご厚意により(異例のことだと思います)無事掲載が叶いました。

実は1作だけこれは差し替えてほしい、と編集部から打診された作品があって、「なぜ?」と思いましたが事情を聞いて納得。そして今月の角川ホラー文庫の新刊ラインナップを見てさらに納得。『肉食屋敷』と同時に出るのじゃあ、あの本の収録作はお借りしづらいですね。もちろん事情は納得しましたので、小林泰三さんについては別の本から再セレクトしました。結果的には前後の並びがよくなったような気もし、大いにオーライでございました。

ちなみに担当してくださったのは『再生』『恐怖』に引き続き、角川文庫編集部の吸血K氏で、安心して作業を進めることができました。怪談専門誌『幽』に創刊から携わっているKさんは怪談・ホラーにお詳しく、しかもいいなと感じる作品が私とおそらく似ているので、完成型のイメージが共有しやすいという利点があります。またKさんは15年前ほぼ無職だった私を拾ってくれたような恩人ですので、こちらの趣味嗜好、癖のようなものも知り尽くしておられて、ビシビシとお尻を叩いて進めてくださったのもありがたいことでした。

で。解説を書くためにゲラで読み、見本が届いてからも2度読み返しましたが、率直に言ってこれはかなり充実したアンソロジーになったと思っております。これはもう収録作が面白いので当たり前のことでして、胸を張って「すごいアンソロジーだぞ」と言っていいと思います。先に述べたような事情もあって、現代ホラー小説のアンソロジーとして望みうる最高レベルのものができたのではないでしょうか(2巻組、15人の収録作家という枠の中では)。

読み返して気づいたのは、『影牢』と『七つのカップ』には自ずとテーマめいたものが備わっていることで、あえていうなら前者のテーマは「死と再生」、後者のテーマは「語りの饗宴」でしょうか。これはまったく偶然なのですが、前者は死ぬことと生まれること、つまり人間の根本的な恐怖に根ざしたものが多く、後者はトリッキーな語り(騙り)の技法によって無から有を生じせしめるような怪奇幻想小説の秘伝に迫るようなものが多いように感じられるのです。

といってもこれは両方に共通する特徴で、『影牢』の収録作も大胆かつ精緻な語りのテクニックを駆使したものばかりですし、『七つのカップ』の収録作も死ぬこと、生きることがテーマになっているので、あくまでそういう印象を受けた、というに留まります。まあ私はそういうホラーが好きなんだなあ、というのは読み返していてつくづく感じたことでした。

また2冊同時発売になったことで(当初は1冊ずつ出すという案もあったのですが、途中から編集部の判断で「2冊同時に出しましょう!」ということになりました)、アナログレコードのA面とB面のような感じも出ているかな、と思いますのでぜひ2冊続けて読んでみてください。鈴木光司さんの「浮遊する水」から辻村深月さんの「七つのカップ」まで、一続きのアルバム(めちゃくちゃいい曲揃いの)のような印象を受けることと思います。

カバーデザインとイラストについて。デザインはいつもお願いしている坂野公一さんと吉田友美さん(welledesign)で、木原未沙紀さんの絵を提案していただいて、「これだ!」と確信しました。ホラーアンソロジーの持つ怖さとワクワク感、夜道を歩いていて不思議なお店に出くわした時のような、暗い森を歩いていておばけや動物に出会った時のような感じを追体験させてくれるような絵で、これしかないと思いました。結果、2冊同時発売ということになり、デザインの魅力も2倍増、3倍増になったのではないかと思います。

さて早いもので私が関わったアンソロジーや競作集は『七つのカップ』で9冊目。節目の10冊目は来年出る単著になるでしょう。現代ホラー小説について雑誌に書いたり、アンソロジーを作ったりしてきましたが、ひとつの区切り的な仕事になると思います。そちらは来年夏くらいになると思いますので、まずは『影牢』『七つのカップ』をじっくりお楽しみください。巻末の解説は現代ホラー小説小史のような側面もありますので、そのあたりも読みどころではないかと思います。

この手の本は初速が大事、などと言われ、実際そうなので買ってほしいとは思いますが、いついかなる時代に読んでも楽しめる、普遍的・定番的なアンソロジーになったとも思っています(積んでもOKです。買っては欲しいですが…笑)。私にとって北極星的な位置づけのアンソロジーである中島河太郎&紀田順一郎編『現代怪奇小説集』のように、長く読み継がれることを祈ってやみません。






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