2020年7月1日水曜日
『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』ここだけのあとがき①
初めて編纂したホラーアンソロジー『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』(ちくま文庫)が6月11日、発売されました。発売から2週間あまり、すでに多くの方々にお買い上げいただいているようで、ありがたく思っております。
扠。
そのお礼というわけではないですが、『家が呼ぶ』の作品解説別バージョンをちょっと書いてみようと思っております。ページ数の関係で本に書き切れなかったこと、作品に関する個人的な思い出なんかを書いてみようかなと。極力NOネタバレでいく予定なので、これから購入を考えている方も参考にしてもらえると幸いです。
『家が呼ぶ』収録作品は11編。小説10編、怪談実話1編という内訳です。
この11という数字に意味はありません。10でも12でもよかったのですが、「厚くなりすぎないほうがいいのでは」とのちくま文庫の担当氏からの要望があり、私自身も手にぴたっと収まる感じの文庫が好きなので、300ページを目安に編纂を進めることになりました。
ちくま文庫でいうと、たとえば七北数人氏のアンソロジー〈猟奇文学館〉全3巻が320~330ページくらい。なるほど、このくらいを目指せばいいわけね、と思いながら『猟奇文学館1 監禁淫楽』を久しぶりに再読して、宇能鴻一郎の「ズロース挽歌」に涙ぐんだりしました。〈猟奇文学館〉全3巻は変態少年少女必読です。
で。
作品選定にあたって重視したのは、まず恐いこと。これは筒井康隆さんの名アンソロジー『異形の白昼』の編纂方針でもありますが、やっぱりホラーアンソロジーなら、恐さを軽視しちゃいけないと思うわけで。
そのうえで戸建て、マンション、分譲、賃貸など、物件のバリエーションを出すことで、「物件ホラー」という分野の可能性を、多角的に示してみたいなと思ったわけです。などというとエラそうですが、ま、SUMOの物件案内みたいな、ああいうイメージですね。どのページをめくっても延々恐い家ばかり載っている、物件のカタログ。
その結果、21世紀以降に書かれた現代エンタメ作品を中核に据えつつ、3名の物故作家による名作も含む、というやや時代的に奥行きのある目次になりました。
以下、掲載順に解説をしてゆきます。
まずは若竹七海さんの「影」から。
若竹七海さんといえばコージーミステリーの名手なわけですが、いわゆる「日常の謎」的世界と怪談実話が近しい距離にあることは、千街晶之氏がつとに指摘するとおり。「影」はまさにその好例で、このままミステリ方面に振ることも、怪談として収めることもできる設定でしょう。塀に人影が浮かびあがる、という本題はもちろんですが(「エリマキトカゲ」という比喩が絶妙にいやーな感じ)、話のマクラにあたる怪談がまた恐いんですよね。墓地の脇を歩いていたら激しい頭痛がしてきて、ふと目を上げると……という話ですが、著者はいわゆる霊感質らしいので、このエピソードも実体験じゃないかしら、と私はにらんでおります。「影」を収録した『バベル島』は、白梅にまつわる因縁譚「のぞき梅」など、ホラー系作品を多数収めた短編集。
若竹さんには『遺品』といういわくつきホテルを扱った、恐い長編ホラーがあるので、こちらもぜひ。
続いて三津田信三さんの「ルームシェアの怪」。
物件ホラー傑作選を編むなら、三津田さんのお名前は欠かせない。これは誰しもが思うことです。しかし一体どの作品を選ぶべきか。大いに頭を悩ませました。結局、ルームシェアという近年一般的になったライフスタイルが扱われており、M・R・ジェイムズ直系ともいえる序・破・急な構成が素晴らしい「ルームシェアの怪」に決めたのですが、これはもう好みというしかありません。とにかく三津田作品は物件ホラーの宝庫なので、10人いたら10通りの答えがあるでしょうね。最後の最後まで迷ったのは、階段の使い方がとにかく恐ーい「留守番の夜」と、独特の不条理感覚に満ちた「誰かの家」。これについてはまたの機会を待ちましょう。
作中で言及されている〈H城跡〉とは、関東有数の心霊スポットとして知られる八王子城跡のことでしょう。昼間訪れると普通の観光地なんですけどね、とかく色んな噂の絶えない場所ではあります。
小池壮彦さんの「住んではいけない!」は怪談実話。
小池さんの『幽霊物件案内』1巻と2巻には、それぞれ「住んではいけない!」と題されたパートが収められていて、ここでは2巻から採りました。理由はいろいろあるんですが(ページ数の問題とかね)、一番大きかったのは「岐阜の幽霊住宅騒動」の項が含まれていること。すでにお忘れの方も多いでしょうし、「まだ生まれてないよ」という若い読者もいるでしょうが、岐阜の幽霊マンション騒動ってそりゃもう大ニュースだったんですよ。昼のワイドショーや夜のニュース番組(特に週末の「ニュースキャスター」的なやつ)で、ばんばん取材映像が流れてましたからね。ドライヤーが飛んだだの、お皿がスパッと割れただの。その後、一連の騒動についてさまざまな角度から(懐疑的スタンスからも)検証が加えられていることは知っていますが、地名・建物名がここまではっきりと報道された幽霊事件は極めて異例。その同時代の貴重なレポートとして、後世に伝える意義は十分アリと判断したわけです。
末尾の「ドールハウス」もすごく異様なエピソード。ツイッターで「楳図かずお的」と書いている方がいましたが、言い得て妙だと思います。「ならばなぜ!ならばなぜなの!」は絶対今年の流行語になりますよ!
『幽霊物件案内』1&2を担当したのが、編集者時代の三津田信三さん。三津田さんは編集者としても、怪奇幻想方面に多大な貢献をされた方です。「ルームシェアの怪」と「住んではいけない!」を並べてみたのは、そのあたりにもちょっと思いを馳せたかったからです。
中島らもの「はなびえ」。
「はなびえ」が収録された短編集『人体模型の夜』は1991年の刊行です。世はバブル期。91年といえばドラマ『東京ラブストーリー』の放映年ですからね。というわけで、調香師の女性が湾岸のマンションに引っ越してくる「はなびえ」にも、バブルニッポンの活気のようなものがほのかに漂っています。これは、家賃の安さから主人公がシェアハウス暮らしを選択する「ルームシェアの怪」とは、だいぶ世相が違う。物件ホラーは、各時代のライフスタイルを反映しながら、変化してゆくものだということがよく分かりますね。
ストーリー的には「家賃が破格に安いと思ったら実は……」という事故物件怪談の定石を踏まえており、「白いメリーさん」(同タイトルの短編集所収)などと並んで、現代都市伝説にヒントを得た作品といえるでしょう。
『人体模型の夜』は、幽霊屋敷の地下室にある人体模型が怪異譚を語り始める、という枠物語で、初めて読んだ時には、「ブラッドベリの『刺青の男』だ!」と興奮したものです。なお、らもさんが若い頃住んでいた一軒家は、ヒッピーのたまり場になっていて、外国人旅行者からヘルハウス(地獄の家)と呼ばれていたとか。詳細は中島美代子さんの楽しく切ないエッセイ『らも 中島らもとの三十五年』(集英社文庫)を参照のこと。
(長くなりそうなので、続きは次回。しばらく続きます)
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