さて眼球でも取り出すか……。というわけで函館から東京に戻ってきたのである。しばらく忙しい時間を忘れて、のんびりのびのび、脳髄を虚空に放り投げてきた。そのまま行方不明になってノー脳髄で生きているが、まあそれもよろしかろう。で日記を付けます。
ええとですね、帰省は4泊5日だった。月刊誌の仕事がなくなったので休みやすくなり、締め切りさえ調整できればこのくらい帰れるわけですね。で1日目は夜空港に着いただけでなにもせず。2日目は姉が東京に戻るというので空港まで送っていったのと、あとは散歩くらいか。うちの近所を1時間ほど、ぐるぐる歩き回った。工業高校の向かいにあった「べにや」というパン屋さんがチョコザップになっていた。チョコザップと貴金属買い取り店が増えているのは東京も函館も一緒である。お夕飯はコロッケとかトンカツとか。
3日目は仕事デイ。午前と午後、来客があるというので(母親の生け花教室)家を空ける。徒歩で五稜郭公園を抜け、市立中央図書館へ。前にも一度来たことがあるが、あらめて訪ねてみるととてもいい図書館である。函館市、文化的なものが若干弱いという面は否定できないのだが、この図書館はすばらしい。居心地がいい。作業スペースもたくさんあって、しかも空いているのがありがたい。東京だとどこに行っても席取り合戦で、あれはなかなかにつらいものである。ところでひとつ驚いたことがある。ミステリ作家の櫻田智也氏が同郷、しかも同年生まれでなんと高校まで一緒だというのだ。これは図書館に貼られていた講演会のポスターで知ったのだが、えっと思った。同年生まれで高校も一緒ならば、どこかで顔を合わせているはずだ。しかしポスターのお顔に覚えがない。後になって判明したところによると(櫻田氏とXで繋がることができた)早生まれで私より一学年上だそう。なるほど、しかし確実に同じ後者を歩いていたわけだ。当時の私は阿呆な顔をして、勉強もせずにセブンイレブンの蕎麦を食べたりしていたのである。
午前中、インタビュー記事をそれなりに書いて帰宅。お昼を家で食べて、午後もまた出かける。うちから五稜郭公園を抜けて図書館までいくと30分弱だろうか。それを2往復、しかもコースを行き帰り変えて歩いたので、なかなかにいい運動になった。それにしても五稜郭公園はいいところである。高校時代の通学路で、当時はなんとも思わずに自転車で通っていたけれども。
原稿それなりに目処がついて帰宅。その日の夕飯は友人夫妻と外食。なんと小学6年からの友人である。車で迎えにきてもらって和食を食べつつ、友人の奥さまを交えて近況あれこれ。スタバに移って夜10時近くまで、ホラー映画の話をたくさんした。彼とはずっとホラーの話をしているなあ。きっと今後もそうだろう。
で4日目はお昼、ラッキーピエロ。ラッキーピエロというのは函館のご当地バーガーで、テレビなどでもよく紹介されるからご存じの向きも多いだろう。混んでいる店は観光客でめちゃ混んでいるが、うちの近所の店は市民がいく店だからそうでもない。ぶらっと歩いて買いに行く。途中にあったブックオフ、帰省のたびに寄っていたのだがついに潰れてしまった。ブックオフが潰れるようでは出版業界も先行き暗いのではないか……と思う。チャイニーズチキンバーガーなどを買って、お昼に食べた。
午後は本格的に散歩へ。今回の帰省の目的のひとつといってもいい(もちろん両親や犬に会うというのが一番の目的だが)昔住んでいたあたりの散歩に行く。わたしは小学3年の途中まで、函館の柏木町という町に住んでいた。電車通りからほど近い便利な場所だったのだが、その一帯が今どうなっているのか気になっていたのだ。といっても大げさな話ではなく、今の実家から徒歩で20分くらいで行けるのだけど、まあ機会がなくて見に行けてなかったのである。で歩いていく。
これがまあ驚くほど変わっていなかった。というのもうちが借りていた(というか父の職場の借り上げ住宅だったのだが)家の一帯というのが、まるっと私有地なのである。家の前を通っている道も私道。だからいまだに舗装がされていない。住民や通行人は地主の土地を「通してもらっている」という感じなのだ。40年以上前からずっとそうで、今だにそうである。まあ今さら広い土地を切り売りするのも大変なのだろうが……とにかくワンブロックまるごと私有地であるために、昔とほとんど風景が変わっていないのだ。嬉しかった。魔法にかかって小学校にあがる前に戻ったようだった。
(ロシアを思わせる風景は健在)
よく言うことだが私は5歳前後がとても楽しかったのである。幼稚園でレオ・レオニの絵本を読んだり、避難訓練の滑り台で幼稚園の先生にどすんと踏み潰されたり、お遊戯会で「花笠三四郎」を踊ったり……そういう思い出が非常に濃密につまった家なので、家も土地もそっくりそのまま残っているこの一帯はタイムカプセルというか、アレハンドロ・ホドロフスキーの映画『リアリティのダンス』に出てくる路地みたいな感じなのである。私の魂は今でもこの土地に縛り付けられている。まあ別に私有地でなくとも、再開発されていない土地、生まれた時の家がそっくりそのまま残っている人は少なくないだろうし、京都とかそういう古い土地なら、当たり前にあることなのかもしれない。しかし万事移り変わりのはげしい北海道で、こういう場所に育つことができたのは、子供の頃の思い出にこだわっており、当時の楽しさを仕事や生活の糧にしている私にとっては、とてもありがたいことなのだった。
砂利道や借家の写真をばしゃばしゃ撮って、昔通っていた幼稚園も見て離脱。また来よう。そこからすぐそばにある浪月堂書店へ。ここは高校時代とか大学時代の帰省時、たまに覗いた古本屋である。棚がほこりっぽくて、本が整然と並んでいるというより、掘り出し物を見つけに行くという感じの店なのだが、まだ営業しているのが嬉しいし、ほこりっぽくてやや雑然とした感じも相変わらずで、それもまた嬉しい。昔に比べて本の知識はアップしているので、端から丹念に見る。読書論や文芸評論が結構多くて、郷土史やキリスト教系の本も多い。へえ、こんな品揃えだったのか、とあらためて眺める。紀田順一郎の本を2冊抜き出してレジに持っていった。レジのおじさんはパソコンでAIに朗読させた小説を聞きながら、レターパック発送の作業をしている。
さて浪月堂に寄ったら買いたい本があったのである。橘外男『私は呪われている』を「日本の古本屋」で検索すると、浪月堂がヒットして、しかも他の店よりもすこし安いのだ。状態を確かめてから買おうと思って、おじさんに声をかける。うーん、あると思うけど……と呟きながら奥の住居スペースへ探しにいった。在庫の管理は手書きのノートなどでおこなっているようである。数分経って本を持って出てくる。こちらが状態を調べていると「どれ、調べてあげるよ」とぱぱぱぱっとチェックして、うん、大丈夫、と頷いている。「あのー、ここに蔵書印が押してあるんですけど」と指摘すると、「ああそうか」と言って、買うならおまけするよというので4000円支払って購入した。「外男の本は高いんだよね、でも他の店よりは少し安いはずだよ」という。昔よく来たお店で、仕事とも関わりのふかい紀田順一郎と橘外男を買えたのも何かの縁だろう。
(この項つづく)





0 件のコメント:
コメントを投稿