2026年9月19日土曜日

怪老人日乗:9月19日(土)

どどーんと土曜日。ドドンゴ。あ、直った。何が直ったかといえば、今までパソコンでひらがな→全角片仮名の変換に「F7」キーを押していたのだけど、最近それがうまくできなかったのである。やり方を調べて今やっと直りました。ドドンゴ。うん、ちゃんと変換されている。

というわけで日記めいたものを書きますが5連休的なものが溶けるように、山の向こうから押し寄せてきたのである。5連休的なものは別に求めてはいないのだが、世間がお休みだと取材とか打ち合わせがほぼ入らないので、集中できて仕事ができるというメリットはある。仕事するのは変わらないのだけど、だいぶ心のゆとりが違うのだ。5連休はどこにも行く用事もないし、せいぜい家で配信映画を観るくらいだろう。宇宙人観測をするくらいだろう。なのでのんびりとあれこれの仕事を進めたい。文庫解説がいくつかあるから、それらを早めに進めておかないとまた泣きを見る。

さて昨日はちょっと人生の節目のような日であった。かつお節である。けずり節である。そういうものが川を流れてきたのであった。ええとですね、自分でも脱線したせいで何を書こうとするか忘れてしまうので、あわてて軌道修正しますが、昨日は朝から原稿書き。まだ風邪気味であったので、葛根湯を飲む。幸い高い熱など出るタイプの風邪ではなかったようで、家にいたらだいぶんよくなった。原稿仕上げて昼前に送信。20枚弱の対談もの。で外出、飯田橋へ。

さて飯田橋で某月刊誌、ってもう隠すこともないので書いてしまうが「ダ・ヴィンチ」の校了作業。「ダ・ヴィンチ」とのご縁は長く、2008年に上京した翌年からいろいろと仕事をさせてもらうようになり、外部スタッフとして編集業務にもごく一部だが携わっていた。その関係で飯田橋の編集部に立ち寄ることも多かったのであるが、今回校了した号で「ダ・ヴィンチ」もついに終刊。わたしの仕事もこれでおしまいとなった。メディアファクトリー時代から数えて17年、よく続いたものである。最近は忙しくなりすぎて「足抜けさせてもらおうかな……」と思うこともあったのだが、まさか雑誌の方が先になくなってしまうとは。

「ダ・ヴィンチ」の功績というか意義については、終刊号が出たあたりでまた書こうと思うけれども、自分との関わりにおいて言うと、まず人と接する機会が増えたのが大きいですね。ライターというのは取材やなんかはあるとはいえ、基本的にはあまり人と会う仕事ではない。会うとしても一部の編集さんと作家さん、あとはカメラマンさんなわけだが、「ダ・ヴィンチ」と関わったことでそのあたりの幅がぐんと増えた。昔はダ・ヴィンチ文学賞というのもありましたから、そこで同業のライターさん(吉田大助氏)と初対面する機会もあったり。また編集部に顔を出したことで、直接つき合いのない編集さんとも多く知り合えたし、アルバイトの学生さんとお話しすることなどもあって、世間の狭い私としてはずいぶん得がたい場であったのだ。

まあ雑誌の編集部というのはこういう人と人を繋ぐハブみたいな意味合いが大きく、雑誌がなくなるとその場も同時に失われるのが残念なことではある。ハブと言ってもヘビではないよ。ヘビのハブは怖いのだ。噛まれると牙から毒が出て、肉を溶かすんじゃなかったっけ。それは違うヘビかもしれないな。とにかくそのハブじゃないのだ。マムシでもない。何を書こうとしているのか分からなくなったので、そろそろこの段落を終了させます。

で、そんなわけで昨日は最後の校了作業。雑誌の校了日はいつもばたばたーという感じなのだが、昨日だけは最後とあって妙に静謐というか、どことなく落ち着いた雰囲気のある編集部内であった。それでも粛々と校了が進んで、まあ普通だと次の号の準備をしている人がいるわけだけど、それがないですからね。わたしも17時くらいにゲラを戻す。長らくお世話になった方々にご挨拶のメールなどを送っていたら19時。編集部揃って近所の中華屋で打ち上げ。あ、この店前に来たことがあるな。私はなんだかんだで「ダ・ヴィンチ」では古参の方だが、わたしよりもさらに長い方がいて、でも最近入ったばかりの新卒の方もいてで、まあ歴史のある雑誌だから関わった人が地層のようになっている。22時すぎまであれこれお話しして、2次会に行くという方々と別れて帰宅。別にしんみりするということもなかったが、こういう形で大勢の編集者と会って話したりという機会は、もうないであろう。そう思うとやや感慨深い気もする。最後の最後で「ワニのスタンプを買ってくださいよー」と押し売りして、3人くらいに買ってもらった。

帰宅してお風呂に入って寝る頃には、風邪っぽいのがすっかり治っていたのである。中華料理で治ったのかしら。

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