2017年8月7日月曜日

もう少し棚が欲しいと書痴が鳴く(芭蕉)3


さて。
なぜわたしが本を処分しなければならなくなったのか。
世間的にはまったくどうでもいい話をここまでゲームブック形式でお届けしてきたが、ついにその理由を述べるべきときがきた。
「1」からワープしてきた方のために説明しておくと、阿佐ヶ谷の七夕祭りを見物に行き、久しぶりに「古書コンコ堂」に足を踏み入れた彼が目にしたものとは……というのがこれまでのお話。


ときに古書コンコ堂とはどのような店であるか。
小山力也さんの労作『古本屋ツアー・イン・首都圏沿線』(本の雑誌社)から紹介文を一部引かせてもらおう。
「バランスよく、安価で良書を並べる、二十一世紀型の良店である。古本をとことん商品として扱い供給する姿勢が、とても好ましい。棚には疎かにしている部分は一切なく、一度入ってしまえば、必ず何冊かの本を手にしてしまうことになるだろう」





まさに小山氏の書いているとおりで、硬軟清濁とりまぜたセレクションの妙は、西荻窪の音羽館にも匹敵。超常現象の本がなければ不機嫌になるわたしのような偏った趣味の人間も、そこここに欲しい本を見つけることができるのだ。『フェイト』のUFO目撃談をまとめた本がある! 富士の風穴の伝説集なんてのも面白そうだ。シュルレアリスム関係も充実している。さあて、何を買おうかなあ、と舌なめずりをしていたところ、棚の上に見てはいけない物を見つけてしまった。

 

『デニス・ホイートリー黒魔術小説傑作選』(国書刊行会)全巻セットである。


いや、買う気はなかった。
デニス・ホイートリーは代表作『黒魔団』を「ドラキュラ叢書」で読んでいて、わたしの中では「面白いけど……ま、大体分かった」という位置づけのホラー作家であったのだ。クライヴ・バーカーがホイートリー作品を「彼の書く登場人物には、まるでイギリスは帝国を失っていないとでもいうような、ある種『英国的』な雰囲気が漂っている」と評しているが、『黒魔団』もまさにそんな感じ。ハラハラドキドキの冒険活劇で面白いんだけど、大時代なところも多く、それほどたくさんは読まなくてもいいかと思っていた。
だからこれまで古本屋で『黒魔術小説傑作選』を見かけても(あちこちでよく見かける)、その都度パスしてきたのである。


(ホイートリーの代表作『黒魔団』/国書刊行会ドラキュラ叢書版)


それより何よりこの傑作選、国書刊行会の本だけにでかくてごつくて重いのである。言葉を換えるなら、重くてごつくてでかいのだ。
新刊を買うたびに「ああ、どこに置こう……」と頭を悩ませている者からすると、全5巻7冊ハードカバー函入りという『黒魔術小説傑作選』はまさに悪魔のような代物。いきなり熱帯魚の水槽がやってくるようなものである。いま以上に書斎が狭くなったら、わたしは立ち飲み屋のようなスタイルで仕事をするしかなくなる。


なのだが。
さすがは「安価で良書を並べる」コンコ堂。『黒魔術小説傑作選』も安かったんですよねえ。
全巻揃い帯つきで3600円。え、そうなの? 値段をみてグラリと心が揺れた。もともとさほど古書価の高いシリーズではないが、一冊あたり500円というのは破格だ。漫画1冊分。これなら手を出してもいいのではないか、という気がちょっとしてくる。そういえばあの熱血漢的な作品世界、ラムレイに通じるものがあって嫌いではない。しかし……うちの部屋にはあんなでかいものを置く場所がない。
店内をぐるぐる歩き回って頭を冷やす。ほかにも欲しい本がたくさんあるが、ホイートリーほど気になるものは見当たらない。どうしようかな。揃ってると恰好いいよな。美品だしな。子どもの家庭訪問で先生に自慢ができるかな。でも立って仕事をするのはイヤだな。しかししかし……。


で、結局。
「欲しいなら買ったら?」という家人のまっとうな一言に背中を押される形で購入。ごもっともです。そんなに欲しいなら買えばいいし、スペースがないなら作ればいいのである。
さすがにまがまがしい全巻セット提げて歩くのも大変なので、後日受け取りという形にしてもらい、代金のみ支払い。これでわたしも晴れて『黒魔術小説傑作選』のオーナーだ。
悩んでみてあらためて気がついたけど、心の底では欲しかったんでしょうね、このシリーズ。いい形で買えてよかった。


というわけであるから。
この数日のうちには書棚のスペースを大きく空けなければならないのだ。
このままだとホイートリー先生、やってきた瞬間、机の下に平積みされてしまう。床に積まれた本はそのまま行方不明になってジ・エンド、というのが世の習いであるから、なんとかスペースを捻出しなければならない。いまざっと周囲を見渡した限りでは、処分できそうな本はゼロ冊。


噫、どこかの天才が泥棒に入って、不要な本だけ抜き出してくれないものだろうか……。



2 件のコメント:

  1. いやあ、よいご決断をされましたね。『黒魔団』はホイートリーの代表作だけど、ベストではないかも。この傑作選の『悪魔主義者』あたりの方がずっといいですよ。近年、竹書房文庫などで盛んに訳されているジャンルミックス冒険小説の先駆けみたいなところがあって、そういう方向からも再評価されるべき作家だと思います。

    返信削除
  2. 中島晶也さま

    早速にコメントいただきましてありがとうございます。
    まさか中島さまがお読みになっておられるとは…しょうもない内容でお恥ずかしい限りです(笑)。
    「よい決断」と言っていただいてホッとしました。

    ホイートリーについては、以前中島さまもブラックバーンとの関わりで詳しく紹介されていましたよね。
    『傑作選』全巻を手元に置いておきたいと思ったのは、あのエントリーを読んだのが遠因かも。
    入手しましたらさっそく順に読んでいきたいと思っております。

    朝宮拝

    返信削除