2016年某月某日、渋谷。
わたしは同世代の友人と飲食しながら、昔好きだった児童文学の話に花を咲かせていた。
とくに盛りあがったのはともに大ファンであった、那須正幹先生の「ズッコケ3人組」シリーズの話題。
「北京原人といえば周口店ね」
「『ズッコケ財宝調査隊』。あれはかっこよかった」
「ポルターガイストといえば、ケチャップの瓶が飛んで」
「『心霊学入門』ね。俳句を詠む子がよかったわよね」
やがてその友人、仮にIさんとしておきましょうか、彼女がこう言い出した。
「あれって何だっけ。富士の樹海に風穴があって、そこの奥に地底湖があるやつ」
「ん?そんな『ズッコケ』あったっけ?」
「あるある。土偶が出てきてさ、それが水を吸って巨大化して」
「もしかして……マリモが出てくるやつ?」
「そう!」Iさんが目を輝かせた。「土偶とマリモが出てくる!あれって何て話だっけ?」
わたしはしばらく黙っていたが、やがて喪黒福造のポーズをしながら、静かにこう告げた。
「Iさん、残念ながら……それは『ズッコケ』じゃないよ!!」
ドーン。
★
記憶力の悪いわたしが、珍しく本の探偵ぶりを発揮できたのは他でもない。
ちょうどこの少し前、まさに「遮光器土偶が膨れる」シーンがふと頭に浮んできて異様に気になり、おぼろげな記憶からタイトルを割り出して、再読したばかりだったからだ。
約四半世紀ぶりに読んだその本の名は、『ぼくらは地底王国探検隊』。
著者は佐藤真佐美。
「ズッコケ」シリーズと同じポプラ社の「こども文学館」から、1982年に刊行された児童書だ。
物語は北海道から山梨県に住む親戚宅にやってきた主人公の少年が、地元でも変わり者と目される男とともに洞窟探検に乗り出し、封印された地底王国の遺跡を発見する、というもの。
Iさんとわたしの脳裏にこびりついた「遮光器土偶が膨張」のシーンは、物語のまさにクライマックスに登場する。
(一度読んだら忘れられないシーン!)
あらためて読み返してみたが、いやはや、その怪しい魅力にワクワクさせられた。
というのもこの作品、いわゆる「古史古伝」に由来する偽史のイメージが、物語の大きな鍵となっているからだ。
富士山麓にはかつて栄華を誇った古代王朝が存在した、という作品の重要なモチーフとなる伝説は、実在する『宮下文献』を下敷きにしたものだろう。
また、いにしえの民が信じていた神の名がアラハバキで、その神像が遮光器土偶であるというのは、明らかに『東日流外三群誌』の影響である。
洞窟探検はいつの世も子どもたちを惹きつける物語だが、そこに超古代史オカルトを絡めたところに、本書のユニークな点があると言えよう。Iさんとわたしにとって本書が忘れがたい一冊となったのも、この怪しいムードに理由があったような気がする。
(ちなみに裏表紙はこんな感じ。デニケン風)
なお。
『宮下文献』由来の伝奇的想像力を児童文学に援用したのは、佐藤真佐美が初めてではない。
この手の話は戦前からあるようで、昭和7年に書かれた平山廬江『13対1』には、すでに「富士山麓の洞窟から見つかる古文書」や「超古代日本文明の謎」が描かれているという(長山靖生『人はなぜ歴史を偽造するのか』)。
話を『ぼくらは地底王国探検隊』に戻すと、作者の佐藤氏はオカルトファンだったのか、続編『ぼくらは知床岬探検隊』では北海道を舞台に雪男の謎に挑んでいる。
ただし1巻とイラストレーターが変わっているうえに、残念ながらあまり面白くない。
( 続編があることは今年に入って知りました)
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