お正月である。いや、もうお正月も終わりなのである。なんというか、日常が回復してきたのである。テレビも普通の番組になってきたのである。最近ではスペシャル番組が多くて、平時なのだか年末年始なのだか番組表ではよく分からなくなっているが、それでも袴や振り袖を着た人などがテレビに映らなくなっているのは明らかで、もうお正月が終わりつつあるのは間違いないことなのである。子供の頃はこうなってくると、春休みが近づいてきて憂鬱でありましたが、大人になるとそういうことはない。
フリーランスになって以降は転勤とか異動とかのストレスとかからも解放されたから、春は晴れ晴れとした気持ちで迎えられるのである。ところで今ちょっとかっこつけて言いましたが、私は会社で働いたことがないので、転勤も異動も経験したことないので、まあそれはちょっと嘘なのであったが、春のあの新しい環境にみんなが向かっていく雰囲気が苦手だったのは事実なので、了とせられたい。
ところで「了とせられたい」って澁澤龍彦用語のひとつで、澁澤ボキャブラリーってあるんですよね。おそらく戦前の人は普通に使ってた言葉なのだと思うが、それが澁澤語のような形でファンの中に定着して、「了とせられたい」もそうだし「と申せよう」もそうですよね。私もよく使うけど須永朝彦さん、東雅夫さんなどやっぱり澁澤チルドレン的な人はよく使っている印象で、澁澤DNAは根強いものがあると申せよう。ほっほっほ。
ところで昔どこかの文章で澁澤龍彦が「ほよよ」と書いていたような気がして、いくら探しても見つからない。あれは幻だったのだろうか。私が書くなら分かるけど、澁澤が書くかなあ、ほよよって。私ならシェーとかポロリンポロリンとかオヒョヒョとかいろいろ書きそうな気はする、というかもう書いてきた気もする。いろんな気がする。気のかたまりだ。
でですね、日記っぽいことを書くと家族が大阪に帰省していたので、家で静かに映画を観ていた。あとは服屋とか本屋にちょっと行ったり。映画は『トークトゥミー』と『コンジアム』を見る。前者はアメリカ映画かと思って観ていたら、いきなりカンガルーが出てきて「オーストラリアだったのかい」と驚いた次第。しかし『へレディタリー』もそうだけど、海外の人たちのあの親がいない間に知らん友だちも含めて大勢招いてパーティする文化、ちょっと理解しがたい。いやじゃないですか、知らない人呼ぶの。親のものとか触られたら悲しい気持ちにならない?と思うのだけど、それでもよくやってるから、実際にあるのかなあ。
『トークトゥミー』はこっくりさんをしたらひどい目にあっちゃった映画で、それを延々気持ち悪く、後味悪くやっていてよかった。秀作だと思う。『コンジアム』は冒頭30分が面白く、半ばの30分は普通で、後半の30分がひどくつまらなかった。後半は筋トレをしながら観ていた。
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