2016年10月23日日曜日

国書刊行会版『定本夢野久作全集』に期待すること



すでにご存知の方も多かろう。
国書刊行会より歿後80年を記念して『定本夢野久作全集』全8巻が刊行される。


 
夢野久作の全集としては、三一書房版、ちくま文庫版に続いてこれが3回目。
久作研究をライフワークとする評論家・西原和海氏、怪奇探偵小説の研究では一騎当千の川崎賢子氏、沢田安史氏、谷口基氏というメンバーが編集にあたる今回の全集は「最初の本格的な全集」として、「新たなに発掘された少なからぬ作品を含めて、断簡に至るまでを可能なかぎり取りこぼすことなく」集成したものになるという。


(書店で配布中の内容見本)



たしかに最初の三一書房版『夢野久作全集』全7巻(1969~70年)は、全集を謳いつつも取りこぼしが多く、実質的には選集というべき内容だった。ただそれまで一部に知られるのみだった夢野久作という作家の全体像を、新世代の読者にあらためて提示し、再評価の機運をつくりあげた意義は大きい。中村宏のオドロオドロシイ装画も、60年代末異端ブームの雰囲気が漂っていて好きでした。


それを補う形で編まれたのが、ちくま文庫版『夢野久作全集』全11巻(1991~92年)。テキストクリティックに徹底してこだわり、三一版ではごく一部しか収録されていなかったエッセイ・評論の類も多数収録している。装画は久作の挿絵をよく手がけていた竹中英太郎。収録作品数も多く、ひとつの決定版ともいえる内容だった。


とはいえ、ちくま文庫という一般読者をターゲットにした刊行形態では制約があるわけで、そこから洩れたものは20年以上の長きにわたって刊行された葦書房の『夢野久作著作集』全6巻(1979~2001年)に収められることとなった。こちらは久作の小説以外の作品、若き日のルポルタージュや能楽論、デビュー前の童話などを収録しており、久作のことならとにかく何でも知りたいという人向け。もっとも『東京人の堕落時代』など読みごたえのある作品も多い。ここで初公開された『ドグラ・マグラ』草稿には、大いに興奮させられたものだ。



 (左から『著作集』、「ちくま文庫版」、「三一書房版」)



では。
今回の「定本版」の特徴とはなにか。具体的には現時点でもっとも収録作が多い「ちくま文庫版」とどんな違いがあるのかが気になるところだろう。


書店でもらってきたパンフレットの全巻内容を見ると、1巻から5巻が【小説】。デビュー作「あやかしの鼓」以前に書かれた未発表作を収録しているようだ。第6巻が【童話】。これは確かにちくま文庫版よりもはるかに収録作が多い。久作の初期童話には、後の大人向け探偵小説で見られるモチーフがすでに表れている場合があるので、一作でも収録作が多いのはありがたい。なにより久作の童話は面白いしね。そして第7巻が【評論・随筆】、第8巻が【短歌・ルポ・伝記・座談会・雑録・異稿・補遺・書誌・年譜】だ。
7巻と8巻の内容をチェックしてみると、確かにちくま版未収録作が多い。ちくま文庫版、あるいは三一書房版は読んでいるけど、『著作集』までは読んでいない、という人には迷わず買いの内容だと思う。


この全集を前にして迷うのは、むしろちくま文庫版と『著作集』をすでに所持しているという熱心なファンではないか。事実わたしも迷っている。各巻定価9500円。勿論税別。まあ、久作に引っ張られて今日まで流れてきたような人生であるから、結局買ってしまうのだろうけれども、それでも何か決め手が欲しい。
そこでポイントになるのはやはり7巻と8巻だ。
小説の新発見はここまで調べ尽くされると、そうそう出てくるものではないだろう(ないとはいえないが)。となると評論・随筆・雑文を収録した7&8巻でどれだけ葦書房版『著作集』と差を出せるかがキモになってくる。


たとえば三一書房から刊行されていた『夢野久作の日記』は収録されるのだろうか。
あれ1冊でかなりのボリュームがあるので全編収録は難しいかもしれないが、『日記』は古書店でもあまり見かけず、内容を知る人はそう多くはない。一部でも収録したら喜ぶファンがいるのではないか。


また「改訂おびただしい作品については、異稿も収録した」という8巻の「異稿」は、ページの許すかぎり充実したものにしてほしい。


大学院生だった時代、福岡県立図書館の「杉山文庫」にお邪魔して、久作の遺稿を調べたことがある。
その際、仰天したのは『ドグラ・マグラ』の草稿が膨大に保存されていることであった。葦書房版『著作集』に収録されているのは、ごく一部に過ぎないのだ。
院の先輩にも「それだけで博論(博士論文)書けるよ」と驚かれたが、根がずぼらなためにまともに向き合う根性もなく、コピーを取らせていただいたまま放置してあるのが、今日までずっと心残りになっている。
『ドグラ・マグラ』成立史を知るうえでも、久作研究を進めるうえでも、あの草稿の価値ははかり知れないと思うので、ぜひこの好機にできるだけ公けにしてほしいと思っている。



『定本』第1巻の発売は11月10日。
全巻購入者には特典として「新聞型冊子・挿絵つき『犬神博士』」がもれなく進呈されるという。
しばしば多面体と称される久作の作品は、代表作以外にも優れた作品が無数にある。今回の全集刊行によって、これまで注目されてこなかった久作のさまざまな顔に光が当ることを期待している。



(杉山龍丸編『夢野久作の日記』)





(西原氏の労作『夢野久作の世界』)

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