2012年8月22日水曜日

カルト怪談実話ヴィンテージ・コレクション② 『大杉栄自叙伝』


昨日にひきつづき、カバーに「怪談実話」を謳っていない隠れ怪談本を紹介したいと思います。


今日取りあげるのは『大杉栄自叙伝』。奥付によりますと、1969年中央公論社の〈日本の名著〉シリーズの一巻として刊行されたものらしいですが、わたしはこの文庫版で読みました。



型破りなアナキストとして知られる大杉栄の自叙伝です。が、この中にわざわざ一章を設けて「お化けを見た話」という一連のエピソードが描かれているんですね。
大正5年、大杉は三角関係、四角関係のもつれによって神近市子に刺されてしまう(いわゆる「日陰茶屋事件」)わけですが、なんとその後約半年にわたって、当時の恋人・伊藤野枝と布団に入っていると、しばしば「神近の怨霊」が現れたそうです。
例によって本文を引きましょう。

「その姿が、その後ほぼ半年もの間、伊藤といっしょに寝ている僕の足もとの壁に、ちょうどその時刻にはっっきりと現われてくるのだ。毎晩ではない、が時々、夜ふと目がさめる。すると、その目は同時にもう前の壁のほうに釘づけにされていて、そこには彼女の姿が立っているのだ。ひと晩の間にこんなにもやつれたかと思われる、その死人のように蒼ざめた顔色の上に、ふだんでもきわだって見える顔の筋が、ことさらにきわだって見えた。」


顔の筋が見える女の霊! 
当時、神近は生きていましたので、『源氏物語』風に生霊ということになるのでしょうか。しかしこれだけなら、大杉の思い違いという可能性も捨てきれない。自分が捨てた女性、しかも刺すほど思いつめていた女性なわけですから、大杉の側に罪悪感があってもおかしくはありません。それが幻覚の形をとって現れてきたのではないか、と思えるわけです。

が、ですよ。
アナキスト・大杉栄の怪異体験はこれだけに留まらないのであった。
そもそも「お化けを見た話」の章はこんな文章で始まっています。

「僕が九つか十の時、ある日猫を殺して、夜中にふいと起ちあがって、ニャアと猫の泣くような声を出して母を驚かしたことは、前に話した。また、十一か十二の時、隣の家に毎晩お化けが出て、それがひと晩僕の家にも出たそうだということも、前に話した。」

猫の祟り、幽霊屋敷!
これは「前に話した」と言うとおり、ちゃんと『自叙伝』の中に出てくるんですね。第一章、少年時代について語ったくだりで、とりわけ後者の幽霊屋敷騒動については詳しく語られています。これが良いんですのよ。

少年時代、大杉一家が住んでいた新潟の家の隣には、山形という軍人の家があったそうな。
その家がお化け屋敷で、「夜なかに、台所で、マッチを磨る音がする。竈の火の燃える音がする。まな板の上でなにかを切る音がする。足音がする。戸棚を開ける音がする。茶椀の音がする。話し声がする。そうした騒ぎが一時間も続くのだ。」とありますから、今でいうところのポルターガイスト現象でしょう。トビー・フーパー的な何かです。

さて、その山形の伯母さんが夜中トイレに行くと、晴れているのに大粒の雨がパラパラと降ってくる、人間の生首みたようなものがコロコロと庭を転がってゆく。気味が悪くてたまらない。さらには大入道まで出現する始末。町の若い衆が夜明かしに来たといいますから、『稲生物怪録』を思わせる展開だ(残念ながら、若い衆が逃げ帰るようなことにはならなかったようですが)。


で、このお化け、大杉家にも一度だけ出張してきたらしい。ここが出色なので、また引用いたします。


「その留守のある晩に、僕のすぐの妹と女中が夜なかにふと目がさめてどうしても眠られずにいる間に、台所のほうで例のカタカタコトコトが始まった。二人はものも言わずに慄えていた。が、それと同時に、横井の家の小さな飼犬が盛んに吠え出した。そしてわずか二、三分の間にお化けは逃げ出してしまった。」


台所がカタコトという現象自体は『遠野物語』にでもありそうな素朴なものですが、お化けが近所を巡回してまわるというのは珍しい。 その後、お化けは「戦死した軍人の家」にも現れたんだそうです。大杉の文章からは「そういえば、子供時代のあれって何だったんだろうなあ?」という素朴な疑問がひしひしと伝わってきて、リアリティを感じますね。派手さはないんですが、実話ならではのコクのようなものがあるグッドエピソードだと思います。


さて今回はあんまりカルトな感じがなかったですが、「これって怪談本だっけ?」という驚きでは『ゴクミ語録』といい勝負ではないでしょうか。
著名人の自伝、評伝などにはまだまだ怪談実話が埋もれているような気がするので、地味にリサーチを続行したいところ。たとえば長谷川町子や畑正憲やアブドラ・ザ・ブッチャーが、ものすごく怖い話をもっていたら、胸がドキドキするじゃないですか。あるなら読みたい、ブッチャー怪談。


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