2012年8月20日月曜日

「語ること自体が怪」という話


こちらも発売から1ヶ月が経過してしまいましたが、永久保貫一さんの『続・生き人形 完全版』が発売されたのもこの夏の怪談的大トピックでしょう。


あの泣く子も夜尿症になると囁かれる戦慄のホラー漫画『生き人形』の正統なる続編なんですが、雑誌掲載後はコンビニ本でしか刊行されなかったという幻の作品。今回、描き下ろしも含めてとうとう単行本化されました。いやもう、発売直後に買いに行きましたですよ。

『生き人形』についてはご存知の方も多いでしょうから詳しく説明しませんが(興味のある方は、まずは永久保版『生き人形』を読みましょう!)現代日本の怪談実話ジャンルにおける大ネタのひとつであることは間違いないでしょう。
『生き人形』はなぜ怖いのか。もちろん人形芝居にかかわった人たちが、次々と怪異に遭遇しているという、エピソードひとつひとつが怖い。のですが、ポイントは多分そこではないんですね。『生き人形』という怪談は、「描いたり、語ったりするだけでも怪異に遭いかねない」という感染性の高さが怖いんですよ。だれも傍観者ではいられない、当事者になるかもしれない。ページのあちらとこちらが繋がってしまう、そういう種類の怖さです。

実際、漫画化を担当した永久保貫一さんも、『生き人形』を取りあげるたびにあれやこれやの怪異に遭遇したということを描いていますし、国文学者の一柳廣孝さんも、授業中に『生き人形』を語った際に奇妙なことが起こったと語っています(『幽』17号を参照)。こういうさまざまな枝葉のエピソードが渾然一体となって、世にも怖ろしい〈『生き人形』伝説〉を形作っている。『生き人形』というのは完結した一話の作品というより、いつまでも終わらない怪異の連鎖の総称なんですね。(稲川淳二さんと永久保貫一さんの関係は、ちょうどラヴクラフトとダーレスを連想させます。どうでもいいですが……)


(稲川淳二さんと一柳廣孝さんの対談を掲載。もちろん『生き人形』の裏話も!)


で、描いたり、語ったりするだけで怪異に遭遇してしまう、くだけた言葉でいうなら「ヤバイ」怪談というのは『四谷怪談』がそうでしょうし、語ろうとした男がバッタリ息絶えたという『田中河内介』の怪談もそうでしょう。あるいはフィクションですが小松左京の『牛の首』とか。近くは(近くもないか)大迫純一さんの『あやかし通信「怪」』に載っていた『きじまさんの話』も忘れがたいものがありました。


こうした怖さの種類は、いわば怪談という壺の一番底に沈んだ、もっとも色の濃いタールのようなどよよーんとした怖さなわけですが、これをあえて正面から取りあげた作品こそ小野不由美さんの新刊『残穢』&『鬼談百景』に他なりません。


『残穢』作中には平山夢明さんの言葉として、こんなセリフがあります。

「怪談というのは、語ることが自体が怪だという側面はあると思います。怪談の内容の問題ではなく、ある怪談について語ること、そのものに怪しいものが潜んでいる」

その話自体はさほど怖いわけではないのに、なぜか語るのをためらってしまう。で、語ると実際に怪異が起きてしまう。そういう「怪しい話」に対する直観的、本能的な怖さ。一連の『生き人形』ものや、『四谷怪談』の祟り話なんかを見聞きしたことのある方なら、分かっていただけるでしょうが、『残穢』が目指しているのは(もちろん個々のエピソードもすごく怖いですが)そんなタイプの怖さなのです。国際的ベストセラー作家・小野不由美が「そういう味」を取りあげてくれたことに、日本的怪談愛好家としては心底ワクワクさせられるではないですか。

で。
ああ、やっとここまで話が到達した!
野心作『残穢』については現在発売中の新潮社のPR誌『波』で、『残穢』『鬼談百景』そして小野怪談のルーツについては『ダ・ヴィンチ』9月号で、それぞれ著者の小野不由美さんにインタビューさせていただきました。
それぞれ異なった角度からお話をうかがっているので、興味のある方は是非ご覧ください。もう発売後ずいぶん経ちますが……。あなたのご近所の良心的な書店なら、きっとまだ在庫があるはずですよ。



『ダ・ヴィンチ』9月号はご覧のとおり小野不由美さん大特集で、小野不由美さんへのロングインタビューの他、『十二国記』関連の企画も盛りだくさん。あちこち執筆させていただきました。著名作家へのアンケート、いなだ詩穂さんの新作ネーム公開と、永久保存版の内容であります。



なお、『残穢』は『鬼談百景』とある部分で密接にかかわっており、二冊で一冊といってもいい作品です。このエントリーで縷々書いてきました「伝染性の恐怖」をたっぷり味わうためには二冊併読するのが絶対におすすめ。『残穢』だけ読んでいる方が多いようなので、あらためて強調しておきます。『残穢』を読んで、『鬼談百景』を読まないのは勿体なさすぎるぞ!


さてさて。
やっと仕事の近況報告ができたので、明日は夏のお楽しみ企画、「怪談実話ヴィンテージコレクション・カルト編」行ってみたいと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿