2026年7月31日金曜日

怪老人日乗:7月31日(金)

金曜日である。昨日は仕事からの帰り道、駅のモスバーガー店内でお弁当を広げて食べている人を見た。びっくりしたけど、何か事情があるのかもしれない。お弁当を食べることを許されたエージェントなのかも。そういうわけで人を軽々に判断するのはよくないし、モスバーガーは私も長いこと食べていない気がする。近くにあるのに。

というわけで今日は金曜日である。グザッと切り裂かれるような鋭い曜日だ。ええとですね、友人から聞いたところによると今、若い人で「名無し之太郎」というバンドがいるらしい。こういう物言いはいかにも老人めいていていやなのだけど、知らなかったのでしかたがない。でそのバンドの人たちは函館中部高校出身、すなわちわたしと同じ高校ということになる。函館というのは文化果つる地で、というか非常に荒っぽい漁師的なカルチャーの町なので、輩出した有名人は川内広範、五島勉のみ(あとは近隣で北島三郎、千代の富士)、という持ちネタがあったのだが、こういうおしゃれな若者がデビューしたとなると話が違ってくるのだった。むしろGLAYの人たちの方がやや年齢が近いので、バックボーンというか背景にある不良文化、暴走族的な匂いが伝わってきて「函館の人だねえ」という感じがするのだけども。

いきなり脱線したので日記をつけるけれども、昨日はですね、午前中原稿をやって昼から飯田橋に出て某月刊誌の作業。これが入ると原稿の手が止まってしまうので悩ましいのだ。前も書いたけどもっと都会に住んでいるか、編集部が近所に越してくればいいと思うのだが。ともあれ夕方までやって帰宅。まだ暑い。ええとお夕飯は何だっけ、パエリアだ。夜原稿やる。インタビュー記事、9割方までできたところで睡魔がどろどろと迫ってきて、やめてくれろといいながら寝る。移動中は送っていただいた木下龍也さんの日記『日記の舌』読む。わたしの名前が出ているというのでナナロク社の方がわざわざ栞をはさんで送ってくださったのである。心遣い、気遣い、真心、おにぎり、お重箱、おせち、鯉のぼり、そういう感じのありがたさであった。



ところで木下さんの日記に私が登場する4月28日はこの怪老人日乗でも記述があって、読み返してみるとこちらにも木下さんが登場する(蛙坂須美さんと木下さんの対談の項)。しかし端正な文章で綴られた木下さんの日記に比べて、わが怪老人日乗は例によってぐじゃらぐじゃらな内容であり、これでいいわけあんめえ、日本人、と「ザザンボ」だか「バリゾーゴン」だか忘れたけど、渡辺文樹監督の映画のポスターのようなことを思うのだった。知らない人は検索してくれ!

で今日。それでも朝の4時に起きられたからいいとする。インタビュー原稿は一旦止めて、好書好日の時評原稿を書く。毎度のことながらギリギリである。ぎゅっと詰めてやっている。もっと計画的に進められたらいいのだが、と思いつつ8年経ったからもう直らないであろう。バブー。時評できたのが11時、さらに昨日のインタビュー記事の続きを書いて、リードなどつけ足して送る。お昼食べて午後外出。渋谷まで。闇さんにお誘いいただいて『記憶汚染展』内覧会に行く。ビームというギャラリー、どこじゃいなと思ったら何のことはない、渋谷で唯一用事があるまんだらけの入っているビルであった。しかしいつもは地下に行ってしまうので、4階まであがったことないのよお。

と叫びながら4階まで行き、『記憶汚染展』見せてもらう。近くに頓花聖太郎さんのお姿があったが、こちらに気づいていない風だったし、ちょっと距離もあったのでご挨拶せず。不人情なことであった。もっとフレンドリーに接近していけばよかった。大人げないことであった。展示は記憶のねじれ、改ざん、歪みなどをテーマにした写真、オブジェが並んでいて、なるほど記憶異変というのはホラーでも重要なテーマだし、心霊的なモキュメンタリーからこっちに進んできたのか、といろいろ考えるきっかけも与えてもらった感じで、とても面白かった。最後まで見て、もっかい途中から見よと戻ったら深津さくらさんと遭遇する。ちょっと立ち話。大阪でのイベント以来である。

渋谷にはあまり用事がなく、ホームの池袋に早く帰ろう、と思って帰る。存外時間が早かったのでパルコとルミネで洋服見る。前も書いたかもしれないが、こういうファッションビルって何歳まで立ち入ってもいいんだろう。そろそろ年齢オーバーな気がしているが、といって百貨店で買うというのも何だし、どうしたらいいんだろう。和尚の格好が一番いいのだが、経歴詐称になりそうだ。電車では松原タニシさんの『恐い日常』読む。お風呂で読了。いろんなものが怖くなくなったタニシさんによる、率直なエッセイ。




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