2018年1月6日土曜日

怪老人日乗:1月6日(土)

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東京に戻ってきてぼちぼち仕事にも復帰。原稿を書いたり、本を読んだりという日々が戻ってきた。
年末年始のことをすこし書いておくと、帰省中は実家にて風邪が蔓延。毎日誰かが寝込んでいるという状況で、わたしも2日ほど寝込む。幸い父と弟夫婦、医療従事者が3人いたのでどこからともなく薬がざくざく出てきて、熱が出たといっては解熱剤、頭が痛いといっては痛み止めがもらえたので安心であった。「アレルギーにはこんな新薬がある」「いや、こっちの方がスゴイ」と薬物対決みたいになっていたのが傍目には面白かった。
1月2日の夜にはわが家のルーツを父に聞く。前々からやらねばと思っていたインタビューの第一回目である。しかし話の流れから大半、母方のルーツの話になり、まそれはそれで知らない話が多かったのでよかった。父方は祖父が記した書き付けがあるというので、それをコピーしてもらう。なるほど、これで大体のことは分かったが、まだ明治末~敗戦にかけての樺太時代など不明点が多い。それは二度目以降にインタビューしてゆくことにする。


1月3日のはやぶさで東京に戻る。初めての北海道新幹線であった。3歳児に片道6時間はさすがにきついので、盛岡にて一泊。2日に分けて帰ることにした。久しぶりの盛岡では2軒で名物の冷麺を食べたり、光原社で福引きを引いたら平皿が当たったり、その裏でウィンナコーヒーを飲んだりして過ごす。盛岡城趾公園では警察官の年始行事にでくわす。ずらり並んだ警察官の前で偉い人が挨拶していたが、あれだけの拳銃はそうそう見る機会がない。壮観であった。お城の前はちょっとしたお洒落スポットになっており、ファイヤーキングがたくさん揃ったお店を発見。盛岡の消火栓は赤かった。




4日の午後の新幹線で盛岡発。大宮経由で懐かしの国分寺に帰着。当然のことながら雪は一ミリも積もっていない。函館で遭遇したあの大雪はなんだったのか、狐につままれたような気さえする。夕飯、4日から営業している感心な近所のそば屋。カレー南蛮蕎麦、味噌煮込みうどんをそれぞれ。帰省から戻ってきた日の食事は、なんとなくいつもこのそば屋である。
で昨日あたりから仕事再開。仕事用のプルーフを読み、原稿を1本書き上げてメール送信。仕事のメールなどもぼちぼち来はじめる。




今日も朝から最寄りの市立図書館。この時期の仕事部屋は寒すぎて病気になりそうだ。ウルトラマンジードは昨年末で終わり、今日からオーブの新シリーズが始まったが、子どもはまだジードの方が好きらしい。クリスマスにDXジードライザーをもらったのだから、そうでなくては困る。夕方まで原稿やって半分過ぎまで書き、今夜中に片がつきそうだったので帰宅。夕飯、トマトと挽肉のパスタ。仕事部屋に北海道産の豆菓子「ボンゴ豆」が置いてあって、つい一袋近く食べてしまう。おそろしいことだ。ボンゴ豆については昨年も記事を書いている。


実家から子ども時代に読んだお化け本を何冊か持ち帰ってきた。なかでも発見できて嬉しかったのは、これ。ジュニア・ノンフィクション作家協会編『ほんとうにあったふしぎな物語』(あすなろ書房)である。目次を抜粋してみると「ツタンカーメン王のなぞ」「マンモスのなぞ」「ふしぎなオオカミ少女」「さばくの聖書」「戦艦陸奥はどうしてしずんだか」etc。つまるところ小学生向けの世界怪奇実話集である。
当時とりわけ強い印象を受けたのが、「さばくの中のふしぎな飛行機」。砂漠で発見された飛行機から乗組員が忽然と消えていた、といういってみればマリー・セレスト号事件の砂漠版である。大勢の人が同時に消えるというシチュエーションは、いまも昔の恐怖のツボであるが、その原体験のひとつは間違いなくこれ。長年「あの話って典拠は何だったのだろう?」と気になりつつも、本の正確なタイトルが思い出せず、そのため図書館などでも探索できなかったので、今回発掘できたのは喜ばしいことである。



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