昨年末、「朝日新聞デジタル」に次のようなニュースが掲載されていた。
以下、その引用である。
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「殺した妻が枕元に立つ」 警察に自首した男を逮捕
奈良県警は22日、無職の川中浩容疑者(52)=大津市大萱1丁目=を殺人の疑いで逮捕し、発表した。2013年8月24日午後2時ごろ、同県生駒市の自宅で内縁の妻、稲垣クニ子さん(当時82)の鼻と口に枕を押しつけて殺害した疑いがあるという。川中容疑者は今月21日に滋賀県警大津署に出向き、「稲垣さんが枕元に立つ」と説明。殺害を認めたとされている。
稲垣さんをめぐっては、県警が13年10月に遺体を確認。歩行が困難で介助が必要だった稲垣さんを置き去りにしたとして、翌14年1月に川中容疑者を保護責任者遺棄容疑で逮捕した。しかし奈良地検が同年3月に起訴猶予処分としていた。(菅原雄太)
(朝日新聞デジタル 2015年12月22日22時59分)
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30歳上の内妻、という部分になんだか下世話な興味を惹かれるけれど、とりあえずそこは措いておく。
加害者の枕元に血みどろの幽霊が現れ、「ギャッ、おれが悪かった!」というのは怪談映画でおなじみのパターン。それを地でいくような事件が起こり、ネットニュースとはいえ大手マスコミで報道されたことの方が重要であろう。
さて。実はこうした事件、これまでに例がないわけではない。
小池壮彦の『幽霊は足あとを残す 怪奇探偵の実録事件ファイル』(扶桑社)によれば、かの連続殺人者・大久保清をはじめとして、被害者の幽霊に遭遇した殺人者は数多くいたようである。
たとえば、昭和20年代に6人の女性と子供を殺害した栗田源蔵は、逮捕当初反省の色も見せなかったが、やがて「殺した女が夜毎訪ねて来る」と泣くようになり、余罪を次々と告白したそうである。
また、昭和53年に起きた「小牧バラバラ殺人」の犯人は、クラブホステスの女性を殺害し、遺体を切断したうえでアパートの押入れに隠していた。しかし、夜になると被害者女性の顔がふわりふわりと宙に浮くようになり(怖い!)、引っ越しを決意。その後、高速道路の下に捨てた遺体が見つかって逮捕された。
この犯人は幽霊に悩まされても自首する気は起きなかったようで、「亡霊に悩まされながらも酒を飲めば眠れるぐらいの恐怖しかこの男にはなかった」と、小池氏は断じている。
(怪談ファンなら必読の名著!)
小池氏は同書中で、殺人犯が幽霊に悩んだというケースを、3つに分類している。面白いのでこれも引用しておこう。
①幽霊に悩んで自首するケース
②幽霊に悩みながらも逃亡を続けるケース
③逮捕後に幽霊に悩むケース
冒頭で紹介した、内妻殺しの事件は典型的な①のパターンだろう。お寺の鐘に怯えて、とうとう遺体の場所を自供した大久保清は③、幽霊と同居していた小牧バラバラ事件の犯人は②のパターン、ということになる。
怪談映画やドラマでは①や③のパターンがやはり多いようだが、幽霊を目撃し、それに怯えながらも、まだ自首する気はない、という微妙な人間心理、犯罪者の矛盾したありようをもっとも感じさせてくれて興味深いのは②のパターンであろう。
そういえば、あの話はどうだったろう、と思って書棚を漁ったら、出てきました。
小林博『夢枕に立つ男 捜査実話シリーズ 京都編』(立花書房)。
(とにかく表紙が怖すぎ)
これは警察関係者が長年の捜査経験から、印象的なエピソードを披露するというシリーズの京都編。著者の小林博氏は大正14年生まれ。昭和21年に京都府警入りし、山科・桂・九条各警察署の署長を勤めた人物である。
目次には「殺して焼いて砕いて捨てる」「水風呂で死んだ男」「写経一万巻の悲願」などなど、気になるタイトルが並んでいるが、基本的には捜査時の苦心談であり、特に怪談めいたものではない。ただ表題作の「夢枕に立つ男」だけは、典型的な怪談実話になっている。
著者が刑事課長として宇治署に勤務していた昭和36年のこと。ある日、Tという30歳くらいの女性が訪ねてきて、行方不明の夫を探してほしい、と相談する。他の刑事に事情を聞くと、女の夫は米泥棒の一味だという。相談に来たふりをして、警察の様子を探っているのではないか、というのであった。で、その日は、適当にあしらって帰したのだが、またしばらくして警察署にやって来る。
「夫はきっと殺されています。天ヶ瀬ダムのセメントの中に埋められています」
なぜそんなことが分かるのか。
「何時も私の枕元に立って血だらけの青い顔で首だけ出して、苦しい、苦しい、ともがいています」
演技しているにしては、あまりに真に迫っている。小林氏はTが真実を語っているのではないか、と感じる。
その後、彼女の夫は信楽山中でシートに包まれた白骨となって発見された。米泥棒グループの仲間割れで殺されたのである。死んだ夫が夢枕に立つ、というTの訴えは虚偽ではなかったのだ!
小林氏は「夢枕に立つ男」の章をこう結んでいる。
「既に死んでしまっている人間が、妻の夢枕に立つなんてとんでもない、と笑う人もいると思う。
しかし私がいつもいうように、この世には常識では割り切れない不思議な出来事がある。
やはり因果応報ということを忘れていはいけない」
これは幽霊が家族のもとに現れているので、昔ながらの「夢枕に立つ」系の怪談、ということになるが、捜査実話本に紹介されているのが面白い。前に紹介した大杉栄の自伝もそうだが、意外なところで怪談実話に出会えるとなんだか得したような気分がする。
というわけで、新年早々、幽霊の話でございました。
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