2026年10月8日木曜日

怪老人日乗:10月8日(木)

もっくもくの木曜日だよー。ってもう木曜日かいな。このあいだ月曜になったばかりじゃないの?彼は驚いているのであった。で火曜日、6日の日記を付ける。6日は取材日だったのであるが、急ぎの原稿あったので午前中はずっとそれをやる。うーん、終わらなかった。で身繕いして午後から神保町。某社にて新刊インタビュー。月村了衛さん。月村さんとお目にかかるのは集英社の『テロル』の取材以来数か月ぶりである。『機龍警察』もったいなくてまだ読めていないんですよー、とお伝えすると、「分かる、『魔界転生』の下巻を読んだらこの楽しさが終わってしまうと思って、読めなかったですから」と言ってくださった。私を怪奇幻想の人と認識してくださっているようで、ありがたい限りであった。

さて取材は無事終わり帰宅。神保町から地下鉄を乗り継いで帰ろうと思ったら、小竹向原でいつもと違うルートに入ってしまい、はたと目をあげたら地下鉄赤塚駅という表示が見えた。あわてて降りる。そして考えた。このまま引き返してもいいけど……。地下鉄赤塚というのは2008年に上京してから4年ほど住んだ町である。当時はまったくもってお金がなくて、どうやって生活していたのか謎なのだが、商店街のある町でそれなりに楽しくやっていた記憶もある。名物の大仏サブレーもあったし、ウォーズマンみたいに真っ黒な東京大仏も近所にあって、夜の散歩に行ったりもした。東日本大震災発生時に住んでいたのもここであるし、ミスタードーナツでバイトをしていたのもこの近くだ(成増店)。

というわけで滅多に来ることはないし、何かの縁を感じて駅を出た。秋なので夕方でももう外は暗い。駅を出て川越街道、大きいドラッグストアが見えてなんとなく記憶が戻ってくる。東武東上線の下赤塚駅のほうへ歩いていき、商店街を眺める。あいかわらず大仏を押している。しかし駅前の様子はさすがに10年も経つと変わっており、パンダビルは健在だったがビルに入っていた新刊書店はなくなっていたし、川越街道沿いのブックオフも消えていた。真っ黒いスープのラーメンを出す店もないし、安すぎてしばしばテレビに取りあげられるファッションセンターのとやも更地になっている。でも商店街の雰囲気は基本的に昔のままで、コロッケをよく買った「肉のさいとう」はきれいになって営業中。住んでいたマンションの角にあった小さな祠も残っている。このあたりまでくるとさすがに懐かしい感じがした。「ほええ」とカードキャプターさくらのように呟いて帰宅。懐かしい感じはしたが、そこまでおセンチになったわけでもない。何しろ同じ東京であるから、いつでも来ようと思えば来られるのだ。なんならまた探検に来よう。

わたしの東京遍歴を書いてみると赤塚から西荻窪に移って、次に国分寺、その後転居して今の家という流れであって、多摩地区の北西部をちょろちょろしている感じである。どの町も思い出深いのだが、もうちょっと自由がきくうちに東京の東側に住んでみたかったなあという気持ちもある。ほええ。

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