2012年11月9日金曜日

スーザン・ヒル『黒衣の女』復刊!


さて、とうにハロウィーンも過ぎて、いよいよ肌寒くなってきました。
一昨日(6日)の東京なんて冷たい雨が止んだと思ったら、夜から霧がもうもうと出て、もう気分はモダンホラー。向かいの屋根も見えないような珍しい濃霧で、カーペンター的な気分を大いに味わったのであります。

さて。
気候というのは趣味嗜好に影響を与えるものらしく、ここしばらくはシャンソンばかり聴いております。愛聴しているのは尊敬する戸川昌子先生のアルバム『インモラル物語』(76年)。




悪徳の栄えを謳いあげる「悪のかなたに」、阿部定とサド公爵が幻影の城で交錯する「お定恨み節」、同性愛者のきらびやかで切ない日々を切りとった「人々の言うように」、江戸川乱歩風のノスタルジックな光景が浮かんでくる「玉乗り」など、いずれの曲も退廃的かつ倒錯的。
オリジナルも海外シャンソンのカバーもすばらしい。魂がまるごと腹上死してしまうような、いと素敵な音楽なのでございます。


今年はこれに加えて戸川先生の『失くした愛』(75年)も購入。
『インモラル物語』に競べるとオーソドックスなシャンソンですが、オリジナル曲「金曜日の晩に」などに、退廃の気配は相変わらず濃厚。生きていることが哀しくなってしょうがない、必殺の佳曲全12曲でした。ああ、晩年はシャンソン歌手になりたい。






さてさて。
秋冬の楽しみといえばもう一つ。ゴースト・ストーリーも忘れてはいけません。『ねじの回転』『たたり』など、怖さがじわじわと迫る英米幽霊小説は、心もの狂おしくなる秋冬にぴったり。灰色の空の下、底冷えするようなゴースト・ストーリーを読むのは、こたえられない味があります。


ならひとつ読んでみようかしら、という方にはまずスーザン・ヒル『黒衣の女』(84年)がお薦め品。
しばらく入手困難な時期が続いていましたが、このほどダニエル・ラドクリフ主演の映画『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』の公開にあわせて、新装版がハヤカワ文庫より刊行されました。まさか映画化される日が来ようとは……。びっくり仰天ですが、この傑作が手に入りやすくなったのはいいことです。

(左は《モダンホラーセレクション》版。右が最近出た新装版です)


イギリスの沼地に孤立して建つ館《うなぎ沼の屋敷》。亡くなったドラブロウ老夫人の遺産整理のため、その屋敷を訪れた弁護士キップスは、到着早々、怪しい出来事に悩まされるようになる……。

「そうそう、こういう怪奇小説が読みたかったんですよ!」、と思わず声をあげたくなるような純正統派のゴシック・ホラーで、不穏な出来事はじわりじわりと、焦ることなく着々と進行してゆきます。ああ、うっとり。



さて、この作品。やっぱりファンは多いみたいで、つい先日ホラー専門誌『ナイトランド』vol.3を読んでいたら、作家の三津田信三氏がリレーエッセイ(「その作品のみを愛す 私の偏愛する怪奇幻想小説」)において、『黒衣の女』を取りあげていました。
ちょっと引用してみます。


「中年になった主人公が家族と過ごすクリスマス・イヴの夜に、暖炉の前で行なわれた怪談会を切っ掛けに、自分が若い頃に体験した身の毛もよだつ怪異を回想するのだから、もう怪奇小説好きには堪らない。こういう正統派の怪奇小説らしさが、本書には随所に見受けられる。」


そうそう。「怪奇小説らしさ」がぞくぞくするほど嬉しいんです。本格探偵小説で、お約束の道具立てが巧みに使われている嬉しさ、にちょっと近いのかもしれません。


あるいは、哀切な心霊小説の書き手としても知られる小池真理子氏も、雑誌『幻想文学』41号のインタビューにおいて、『黒衣の女』への偏愛ぶりを明らかにしています。


「ただ本当に怖い、美しい、かつ文学的にも価値の高いというのはやっぱり数が少ない。個人の好みで言えばですね、一番好きなのは、スーザン・ヒルの『黒衣の女』なんですが。」


どこまでも怪奇小説的。なおかつ怖くて、美しい。
『黒衣の女』のイメージがなんとなく伝わったでしょうか。英国ゴースト・ストーリーの伝統を窺わせる、霧と幽霊と洋館のアラベスク。キングやF・P・ウィルソンなどのモダンホラーも好きだけど、やっぱり秋冬はこういうのがいいわねえ。
 
 
 
 
(『ウーマン・イン・ブラック』は12月1日公開。楽しみですなあ)





 

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