2012年11月17日土曜日

アレハンドロ・ホドロフスキー自伝『リアリティのダンス』


ときおり書店の店先で、思わずわが目を疑うような本に遭遇することがある。この『リアリティのダンス』もそんな一冊。『エル・トポ』(70年)などのカルト映画で知られるアレハンドロ・ホドロフスキーの自叙伝だ。


 


ホドロフスキーの映画はわが国では『エル・トポ』、『ホーリーマウンテン』(79年)、『サンタ・サングレ』(89年)の3本が紹介されているが、監督ホドロフスキーその人についての情報は決して多くはなかった。そもそも南米出身でなぜロシア名?と、私などにはそこからして謎のベールに包まれた人物だったのですね。
近年では原作を担当したメビウスのコミック『アンカル』などが翻訳されてはいるが、それでも巨大な全体像を掴むことは困難だった。いや、バンドデシネの原作をしているということで、余計に「一体全体何者なんだ?」という思いが強くなったともいえる。


というわけで、この翻訳が出たことは非常な快挙でありまして、まずは訳者の青木健史氏と版元の文遊社には深々と頭を下げたい。こんなとんでもない本を訳してくれて、本当にありがとうございました!


さてさて。
実を申せばさっき読みだしたばかりで、まだ100頁までしか読んでいないのだ。が、あまりの面白さにいてもたってもいられず、珍しく自主的にブログを更新しようと思い立ったわけである。


アレハンドロ・ホドロフスキー。1929年生まれ、チリ出身のロシア系ユダヤ人である。父親は裕福な商人だったが、無神論を信仰するマルクス主義者で、ホドロフスキーに対してはしばしば暴力を振るい、暴言を吐いた。周囲にいるのは鉱山労働者の子どもたちばかりで、裕福な白人の子であるホドロフスキーは「ピノキオ」とあだ名されるなど、孤独な少年時代を送ったようである。


早くから本を読むことを覚えたホドロフスキーは、孤独を癒すかのように神秘的な思想に接近。図書館で発見したタロットカードに、強く心を惹かれるようになる。彼の住む街には、フリーメイソンが建てた市立図書館があったのだ。いつしか彼の頭の中には、「レーベ」と名付けた幻の賢者が住みつくようになった。
レーベはそもそも発狂した祖父の幻覚が生みだしたカバラの賢者であったが、父の夢にも現れるようになり、孫であるホドロフスキーにも馴染みのある存在だった。もちろん、彼にはレーベが架空の存在であることは分かっていたが、それでも悲惨な少年時代(ホドロフスキーは学校にも家庭にも居場所がなかったようだ)、賢者レーベの言葉にたびたび勇気づけられることになる。


本書の読みどころは(といってもまだ100頁までしか読んでいないのだが)、並外れた記憶力によって描きだされる少年時代の奇怪なエピソードのかずかずである。
赤い靴をプレゼントした友人がその日のうちに溺死してしまった、という悲惨な思い出、父の商店を宣伝するために集まってきたチロル服を着た侏儒、色情狂の黒人女を連れた痩せ男、竹馬に乗ったカルメン・ミランダ風の女などの異形たち。
ブラバツキーの『シークレット・ドクトリン』のせいで頭がおかしくなったという白人青年との交友や、「ガテー、ガテー、パーラガテー」と般若心経を唱えながらホドロフスキー少年の頭を刈った日本人理髪師。ハリウッド女優のように美しい姉が嫁いでいった冴えない数学教師がインポテンツで、毎晩痔の治療のため肛門にバナナを塗らせるという印象的なエピソード……。


ありきたりな連想かもしれないが、やはり『百年の孤独』『夜のみだらな鳥』などのラテンアメリカ文学と共通する景色を感じさせる。誇張されて歪んだ現実が(と見えるのは、日本に住んでいるからかもしれない)無数の部屋を持った巨大迷宮のように絡みあう、魔術的回想。
何千というイワシの大群が突如、岸辺に打ちあげられて死んだ、という奇妙なエピソードなど、神秘的な色彩も強く、グルジェフの感嘆すべき自伝『注目すべき人々との出会い』も連想した。
(追記:ホドロフスキーは『夜のみだらな鳥』のホセ・ドノソと友人同士だったようだ。また、グルジェフ思想の影響もかなり受けていて、『ホーリーマウンテン』の賢者のモデルはグルジェフであるという)


本書はこの先、拠点をヨーロッパに移して後の芸術生活、そしてサイコテラピストとしての近年の活動について述べられているようだ(心霊治療をしているホド氏の写真が載っていた)。
ホドロフスキーの映画では私は『ホーリーマウンテン』が一番好きなのだが、錬金術と性欲と禅仏教がミックスされたようなあの映画は、ホドロフスキーの思想的背景を知らなければ、全然理解できないんだろうなあ、という実感があった。
本書の翻訳によって、カルトムービーとして捉えられてきたホドロフスキー作品が(まあ、カルトはカルトなんですが)、東西神秘思想史のなかにあらためて位置づけられるのではないか。そんな予感がしている。


そしてホドロフスキー、なんと今年8月にはチリで新作映画『La danza de la realidad』を撮り終えたという!原作はこの『リアリティのダンス』。一筋縄ではいかない原作のこと、どんな奇々怪々なイメージが溢れる作品になっているのか楽しみだ。

映画の完成と日本での公開を、首を長くして待とうではありませんか、変態諸君!




(『エル・トポ』も仏教、暴力、ウエスタンと三拍子揃った神品)






 

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