●南條竹則『人生はうしろ向きに』(集英社新書) 【bk1】
南條竹則先生のご本を読んでいるとたいへん倖せな気分になります。その理由はおもにふたつあり、ひとつは英国怪奇小説によせ、中華料理にせよ、『ドリトル先生』シリーズにせよ、扱っている題材を南條先生がほんとうにお好きだという気持ちがひしひしと伝わってくるからで、もうひとつには悠然とした素晴らしい文章が日々の生活ですさんだ神経をときほぐしてくれるからです。
南條竹則先生のご本を読んでいるとたいへん倖せな気分になります。その理由はおもにふたつあり、ひとつは英国怪奇小説によせ、中華料理にせよ、『ドリトル先生』シリーズにせよ、扱っている題材を南條先生がほんとうにお好きだという気持ちがひしひしと伝わってくるからで、もうひとつには悠然とした素晴らしい文章が日々の生活ですさんだ神経をときほぐしてくれるからです。
この新刊でもユーモラスな語り口はほとんど古典美といもいえる魅力を放っており、わたしはお酒を飲めないのですが、いい按配に酔っぱらったような心持ちのまま、おしまいまでつるつると読んでしまいました。一部引用いたします。
このDさんはたいそう教養のある紳士だが、少しばかり風変わりな趣味を持っている。趣味は海洋考古学で、いつぞや、やはり東京で一緒にお昼を食べた時は、そのうちトルコ沖からトロイの遺跡を発掘するのだ、などといっていた。
よろずに古いものの好きな人で、フランスでは中世の天井画がある古い家に住んでいる。フランス革命は一大蛮行だと批判し、小説などは二十世紀以降に書かれたものはいっさい読まない。
要するに、現代的なものが嫌いなのである。
「なるほど、これがこの人の哲学なんだろうな」
わたしはそう納得し、以来、時々胸のうちでこの言葉をつぶやいてみた。
「Nothing changes for better.(何事も良い方には変わらない)」
本書は先へ先へと猛進しようとする現代の風潮に異を唱え、「『過去』を持っている人間は、未来なぞ気にすることはない」と過去を尊重して生きることの大切さを説いたエッセイ集です。いつも飄々とされていて、愛くるしさのかたまりのような南條先生が「こんな世界に順応しろといわれたら、狂ってしまう」というような強い憤懣をお持ちであったことにちょっとびっくりしましたが、人間だれしもたちまちのうちに年を取るわけで、過ぎ去った時間のなかから輝く宝物を拾いあげようという提言は、大いに傾聴する価があるように思います。「うしろ向き」人生の達人として、作家チャーズ・ラムの生涯に触れたくだりには、深い学識と共感が滲んでおり、まさに南條先生の独壇場といえるでしょう。
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